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2011年5月

2011年5月31日 (火)

タルセバ承認へ。OCV-101 第Ⅱ相試験 国立がん研究センター東病院

タルセバが6月から承認されるようです。

厚生労働省の薬食審医薬品第二部会は5月30日、新薬など9成分を審議し、承認を了承した。中外製薬の抗がん剤タルセバへの膵がんの適応追加、HPVに起因する子宮頸がんの予防ワクチンとしては2番目になるMSDのガーダシルなどが承認されることになった。

タルセバについては、専門の医師の指示の下で使用し、すべてのケースについて経過を調査をすることを条件に承認してもよいという意見をまとめました。

承認が了承されたのは次のとおり。
【審議品目】
▽タルセバ錠25mg、同100mg(一般名:エルロチニブ塩酸塩、中外製薬):「治癒切除不能な膵がん」の効能・効果を追加とする新効能・新用量医薬品。再審査期間は残余期間(平成27年10月18日)。
 膵がん適応では海外76カ国・地域で承認済み。ゲムシタビンと併用。この適応は、厚労省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」(未承認薬検討会議)で開発要請されていた。


国立がん研究センター東病院の「治験事務局」のページに、OCV-101 第Ⅲ相試験が新たに掲載されています。「膵がん(6)」と書かれた項目です。切除不能・再発膵がんの患者で、ゲムシタビンとの併用試験です。以前からも実施していたはずだと思うのですが、新たな募集なのか詳細は分かりません。関心のある方は直接お問い合わせください。

(1)     対象となるがん:
      切除不能進行・再発膵癌

(2)     使用される新薬(治験薬):
      OCV-101(注射剤:ペプチドワクチン)

(3)     実施方法(治験のデザイン):
      第 II 相試験
 試験治療:OCV-101(皮下注射)+ゲムシタビン(注射)

(4)     治験に参加いただける患者さんの身体状況(患者選択基準):
      以下のすべてに該当する方が対象となります。
      1.     病理学的に腺癌又は腺扁平上皮癌であることが確認されている浸潤性膵管癌である
      2.     切除不能または再発膵癌である
      3.     膵癌に対して、切除術以外の治療を行っていない
      4.     ヒト白血球抗原HLA-A*2402を有する
      5.     20歳以上80歳以下
      6.     全身状態(Performance Status:ECOG)が0-1
      7.     各種臓器機能が保たれている
      8.     文書による同意が得られる
      ※     上記の患者選択基準は概要であり、上記に該当していてもこの治験に参加できないことがありますので、ご了承ください。

(5)     治験責任医師
      池田 公史

○この治験に関する問い合わせ先:
  国立がん研究センター東病院 治験事務局 
  治験問い合せ担当(病院代表:04-7133-1111/内線4047)

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2011年5月30日 (月)

がんも原発も、人としてどう生きるかの問題

がんになれば、何が本当に大切なものかが、これまでとは違って見えてくる。マクファーランド神父は「未来を心配することから私を解放し、過去を悔やむことからも解放し、たった今を生きられるようにするため」に神は私にがんを使わされた、のだと考えている。生き方を180度変えたがん患者はたくさんいる。地位や名誉などは、がんという病気の前には何の価値もないものだと見えてくる。スーパーのレジに並んでいて、隣の列が早く進もうが、私の前の老女がたっぷりと時間をかけて一円玉を探そうが、そんなことにもいらいらしなくなる。信号が赤に変わると、ゲートの開いた競走馬のごとくゼロヨン加速を体験仕様とする気持ちも薄れて、5秒かけて時速23kmにするのが一番燃費が良いと助言してくれるカーナビの忠告に従っている。

5月27日のBS11「INsideOUT」に城南信用金庫の吉原毅理事長が出演していた。城南信用金庫は「原発に頼らない安心できる社会へ」という声明を出してホームページにも載せている。ツイターでも話題になった。吉原理事長は番組で、「東北の信用金庫が津波で被害を受けた。立ち上がろうとしたが、原発の事故の影響で事業を再開できない。また、顧客の事業そのものが原発事故のために成り立たなくなった。地域の産業を応援するという信用金庫の存在基盤そのものがなくなるのです。これは常識で考えても原発に頼ることは危ないということだ。」と言っている。そして、行内で節電をやってみたら30%は簡単にできた。原発による電力が3割だとか、原発は安いとかの議論があり、本当は安くもないし、火力水力で十分まかなえるとの主張もある。それを措いておくにしても、3割は楽に節電できる。ならば地域全体が崩壊するような原発は必要ないのではないか、このような主張だ。

いのちと放射能 (ちくま文庫) ごく普通に、全うに考えれば吉原氏のような考えに至るはずだ。雑誌『世界』6月号は、「原子力からの脱出」との特集の最初に、このブログでも何度か紹介した生命科学者の柳澤桂子さんを登場させている。柳沢さんはチェルノブイリの事故後に『いのちと放射能』という本を出し、このように書いていた。

原子力問題で一番の悪者はいったい誰なのでしょう。
原子力を発見した科学者でしょうか。
原子力発電を考案した人でしょうか。
それを使おうとした電力会社でしょうか。
それを許可した国でしょうか。
そのおそろしさに気づかなかった国民でしょうか。

そのように考えてきて、私はふと、私がいちばん悪かったのではないかと気がつき、りつ然としました。

私は放射線が人体にどのような影響をおよぼすかをよく知っていました。放射能廃棄物の捨て場が問題になっていることも知っていました。けれども原子力発電のおそろしさについては私はあまりにも無知でした。

スリーマイル島の事故のとき、それをどれだけ深刻に受けとめたでしょうか。

そして、さらにチェルノブイリの事故が起こってしまいました。

そして、さらにフクシマの事故が起こってしまいました。『世界』誌上で柳沢さんは「原子力発電反対の立場からいうと、今度の事件で、世界中が原子力発電をやめてくれると良いのですが、けっしてそういうことにはならないでしょう。私の個人的な推測では、しばらくの間食品や大気中の放射線量を気にしても原子力発電所の事故が収まれば、また原子力発電所の新設は始まり、既存の発電所の運転はそのまま続けられるだろうと思います。」と推測している。

私もそのような予感がする。なぜかというと、「企業は、自己の短期的リスクについて心配することに多くの時間を費やすが、システム的なリスクについてイはあまり考えない」からであり「今回の危機からは、いざとなったら税金に頼って脱出できること以外、ほとんど教訓を得ていないらしい」からである。実はこの文言は、リーマンショック後の銀行業界について、数学者のデイヴィッド・オレルが『なぜ経済予測は間違えるのか?---科学で読み直す経済学 』に書いたものである。オレルは正統的な経済学によるよりも、複雑系理論やネットワーク理論で経済を分析したらどうなるか、という視点で書いているのだが、彼の指摘は原発にも良くあてはまる。要は誰も長期的なリスクを心配していない、東電がなくなった後は野となれ山となれ、というに等しい考えが多数の経営者の関心事であり、城南信用金庫の例は珍しいということだ。

とすれば、この「原発ネズミ講」をやめさせるには強力な権力が必要だが、ドイツなど少数の国を除いて、日本も他の国の政府もその意志がない。

あと一、二カ所の原発が事故でもしないかぎり、原発からの完全撤退二はならないだろうと思う。でもその時に日本という国に住み続けることができるのだろうか。

今考えを180度変えなくて、いつ変えるのだ。これまでの生活を根本から見直さないかぎり、がんも原発も解決の道がない。

それにしても、セシウム137やストロンチウム90は筋肉と骨に蓄積することが分かっている。筋肉組織が少ない女性の場合は、乳房や子宮に蓄積する。そして、アメリカの研究では原子力発電所の運転と乳がんの発生率に相関が指摘されている。ヨウ素131と小児甲状腺がんの因果関係は明かである。しかし、日本のがん患者団体、患者会から、今回の事故について「将来のがん患者が増加するから」と抗議した例を知らない。私が知らないだけかもしれないが、検索にはかからない。

患者団体にとっては「今のがん患者・自分の癌」だけが関心事であり、将来のがん患者には関心がないということか。それも短期的リスクにだけ関心があるという点では原発推進側と同じではなかろうか。

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2011年5月27日 (金)

大阪大学 切除不能進行膵臓がんのWT1ペプチドワクチン臨床試験募集中

大阪大学のWT1ワクチンホームページが更新されています。進行膵がんの第Ⅱ相臨床試験エントリーの募集を開始したようです。

    新着ニュース

    切除不能進行膵臓癌に対するWT1ワクチンと抗がん剤ジェムザールの併用化学免疫療法とジェムザール単独療法のランダム化臨床第II相試験
(HLA-A*2402 and/or 0201)を開始しました(エントリー募集中です)。 
(2011年5月)

    急性骨髄性白血病の化学療法後寛解例に対するWT1ペプチド免疫療法の第II相臨床試験(血液学的再発の予防、HLA-A*2402)を開始しました(エントリー募集中です)。 (2011年5月)


筑波大学陽子線利用センターの公開講座が東京築地で開催されます。

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2011年5月25日 (水)

椋鳥には千羽に一羽の毒がある

野中兼山は、江戸時代初期の土佐藩の家老で、藩政改革その手腕を発揮した。優れた政治家であり儒家でもあった。大原富江の小説『婉という女』は、野中兼山の四女の物語である。野中兼山の評価は真っ二つに分かれている。藩政改革の功労者という評価と、圧制者という評価であり、最後は反対派の策謀により蟄居させられて自殺する。残された家族のその後は悲惨であった。大原富江は『婉という女』でその苛酷さを書ききっている。

5月の土佐路は、歩き遍路と鯉のぼりが田植えに忙しそうなあぜ道を飾って長閑な季節である。イタドリとヤマモモの季節でもある。同じ土佐人である寺田寅彦に『郷土的味覚』という随筆があり、虎杖(イタドリ)とヤマモモについてこのように書いている。

 虎杖(いたどり)もなつかしいものの一つである。日曜日の本町の市で、手製の牡丹餅などと一緒にこのいたどりを売っている近郷の婆さんなどがあった。そのせいか、自分の虎杖の記憶には、幼時の本町市の光景が密接につながっている。そうして、肉桂酒、甘蔗、竹羊羹、そう云ったようなアットラクションと共に南国の白日に照らし出された本町市の人いきれを思い浮べることが出来る。そうしてさらにのぞきや大蛇の見世物を思い出すことが出来る。
 三谷の渓間へ虎杖取りに行ったこともあった。薄暗い湿っぽい朽葉の匂のする茂みの奥に大きな虎杖を見付けて折取るときの喜びは都会の児等の夢にも知らない、田園の自然児にのみ許された幸福であろう。これは決して単なる食慾の問題ではない。純な子供の心はこの時に完全に大自然の懐に抱かれてその乳房をしゃぶるのである。
 楊梅(やまもも)も国を離れてからは珍しいものの一つになった。高等学校時代に夏期休暇で帰省する頃にはもういつも盛りを過ぎていた。「二、三日前までは好いのがあったのに」という場合がしばしばあった。「お銀がつくった大ももは」という売声には色々な郷土伝説的の追憶も結び付いている。それから十市の作さんという楊梅売りのとぼけたようで如才のない人物が昔のわが家の台所を背景として追憶の舞台に活躍するのである。

イタドリは多摩川の河川敷にもたくさんあるが、都会の人間は誰も採ろうとはしない。いや、食べられることすら知らないようだ。あんなにうまい山菜を勿体ない話だ。イタドリの群生地をいくつ知っているかが、土佐のお袋たちの自慢であった。子供は大きなイタドリを「ポキッ」と折ったときの感激に歓声を上げたものである。ヤマモモも都会の果物屋では滅多に見かけない。

続けて寅彦は、この随筆に『「千羽に一羽の毒がある」と云ってこの鳥の捕獲を誡めた野中兼山の機智の話を想い出す。』と書いている。そしたらその後、女学校の先生からその出典について問い合わせの手紙が来たと、別の随筆『藤棚の陰から』に紹介している。

 しかしこの話は子供のころから父にたびたび聞かされただけで典拠については何も知らない。ただこういう話が土佐の民間に伝わっていたことだけはたしかである。
 野中兼山は椋鳥が害虫駆除に有効な益鳥であることを知っていて、これを保護しようと思ったが、そういう消極的な理由では民衆に対するきき目が薄いということもよく知っていた。それでこういう方便のうそをついたものであろう。
「椋鳥は毒だ」と言っても人は承知しない。なぜと言えば、今までに椋鳥を食っても平気だったという証人がそこらにいくらもいるからである。しかし千羽に一羽、すなわち〇・一プロセントだけ中毒の蓋然率(プロバビリティ)があると言えば、食って平気だったという証人が何人あっても、正確な統計をとらない限り反証はできない。それで兼山のような一国の信望の厚い人がそう言えば、普通のまじめな良民で命の惜しい人はまずまず椋鳥を食うことはなるべく控えるようになる。そこが兼山のねらいどころであったろう。
 これが「百羽に一羽」というのではまずい。もし一プロセントの中毒率があるとすればその実例が一つや二つぐらいそこいらにありそうな気がするであろう。また「万羽に一羽」でもうまくない。万人に一人では恐ろしさがだいぶ希薄になる。万に一つが恐ろしくては東京の町など歩かれない。やはり「千羽に一羽」は動かしにくいのである。

庶民のリスク感覚としては、千に一つは「避けたいリスク」だろう。1974年に確率論による原子炉安全研究、通称「ラスムッセン報告」が出された。私も記憶しているが、当時「原子力発電所における大規模事故の確率は、原子炉1基あたり10億年に1回で、それはヤンキースタジアムに隕石が落ちるのを心配するようなものである」とされていた。しかし40年の間に隕石は私の頭に落ちなかったが、大規模原発事故はスリーマイル、チェルノブイリ、フクシマと続いた。福島の事故の前には「10万年に1回」とのリスク計算がされていた。椋鳥の毒は方便であったが、原発事故は現実である。せめて千年に1回とでも言っておけば物笑いの種にはならなかっただろうに。

世界には運転中と建設中の原発が合計で478基ある(2008年1月時点)そうだ。1基で10万年に1回なら、世界では210年に1回の事故が起きることになるが、それでは計算が合わない。せいぜい1基あたり1万年に1回とすれば、21年に1回で、現実の大事故に見合うリスク計算になるだろう。

江戸時代の庶民感覚でも百に一つは避けるべきリスクと思われているのであるが、20年に1回起きて、起きてしまえば一つの県、地域全体が人が住めなくなるかもしれないようなリスクを犯そうというのは、いかにもばかげている。かように”専門家”の言うことはいい加減である。庶民の普通の感覚で考えれば簡単に答えの出る問題に対して、あれやこれやと「専門的な」数字を持ち込んでは、とんでもない間違いを犯す。よくあることだが、頭の良い人たちが大勢で集まって議論の末に、ばかげた結論を出すことが多いものである。中には「リスクがゼロではないとは、ゼロという意味だ」と、理解不能な言葉を発する斑目委員長もいる始末だ。中川恵一氏がまた不思議なことを言っている。「放射線被ばくの試練を、プラスに変えよう」などと、寅彦が笑いそうな記事である。

「ゼロリスク社会・日本」の神話は崩壊した。しかし、今回の原発事故は、私たちが「リスクに満ちた限りある時間」を生きていることに気づかせてくれたとも言える。たとえば、がんになって人生が深まったと語る人が多いように、リスクを見つめ、今を大切に生きることが、人生を豊かにするのだと思う。日本人が、この試練をプラスに変えていけることを切に望む。

子供たちの、将来がんになる確率が高まるというのに、この先生も専門バカの度が過ぎるようだ。中川氏は「100mSvまでは安全だ」と主張するのだから、安全なら「試練」にはならないだろう。受動喫煙も放射線も、避けられるし減らす努力はできるのだ。”頭脳明晰な役立たず”がテレビにたくさん出ている。

一度事故を起こせば、幾世代にもわたって取り返しが付かないようなリスクを、電気が足りない、原発は安い(この神話も崩壊するだろうが)という理由で負うことではない。企業が倒産するようなリスクを積極的に負い続ける電力会社経営陣のリスク感覚は麻痺しているようだ。トヨタにしても浜岡が福島のようになれば、企業が存続できないだろうと思う。なぜ自前の火力発電所を持ってでも原発に反対しないのか、不思議な経営者集団だ。

震度6強では、圧力容器や格納容器が仮に耐えたとしても、周囲の配管、配管の支持版、液状化による地盤の高低差によって配管や信号ケーブル、電気ケーブルが切断されたら事故に繋がることが今回証明された。証明されなくても”普通に”考えれば分かることであった。専門家は普通に考えないから、分からないだけだ。

「天災は、忘れた頃にやって来る」が、「救済は、忘れた頃に、やっと来る」ようだ。被災者にはまだ義援金も届いていないという。

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2011年5月22日 (日)

新刊・近藤誠『抗がん剤は効かない』

抗がん剤は効かない 近藤誠氏が新しい本を出した。2011年1月号の文藝春秋に載せられた「抗がん剤は効かない」、翌2月号での立花隆氏との対談「抗がん剤は効かないのか」を収録するとともに、文藝春秋誌上では触れられていなかった図や、より詳細な説明が加えられている。患者の事後調査を手抜きすることで、打ち切り例がカプラン・マイヤー曲線に対してどのように影響するか、全生存率にどのような作為が可能かという点も詳しく説明されている。

また、週刊文春に「『抗がん剤は効かない』は本当か!?」と題して、勝俣範之・国立がん研究センター中央病院・腫瘍内科医長と上野直人・テキサス大学MDアンダーソンがんセンター教授の、近藤氏の記事に対する反論への再反論も収録されている。

彼の前著『あなたの癌は、がんもどき』に新たに付け加えられたものは少ないが、読んでみて、上野直人氏らへの反論も十分に納得できる内容と思われる。近藤氏のがんもどき理論には複雑系思考がない、とする私の考えは以前の記事に書いたのでここでは触れないが、”統計的な論理の範囲内”で考えるのなら、彼の主張はほとんど正しいと思う。

実際にがん患者である我々は、彼の説明を納得したとして、どのように意志決定すれば良いのだろうか。近藤氏の結論ははっきりしている。ひと言で言えば「がんは末期発見が望ましい」ということである。しかし、すべてのがん患者が抗がん剤を拒否することは、相当難しいに違いない。抗がん剤が効かないにしても、では休眠療法、梅澤充医師の低用量抗がん剤治療はどうだろうかと考えたくなる。そう思いながら読み進めていたら、梅澤充医師の名前を挙げて批判している。少し長くなるがその部分を引用してみる。

 腫瘤縮小を強調するのではなく、もう少しもっともらしい言い方もあります。
 梅澤充大塚北口診療所腫瘍外来医師は、抗がん剤を投与した百人(Aグループ)と投与しない百人(Bグループ)を比べた場合、「3年後、Aグループ100人のうち、生きているのは80人、Bグループは70人です。(中略)つまり抗がん剤の効果は、その程度の差でしかない」と語ります(「週刊現代」2011年1月29日号)。

 彼が例として挙げた抗がん剤はエスワンで、「80人」「70人」というのも、(薬効確認のための)臨床試験結果から抽出した数値でしょう。ところがその試験は、私が「効かない論文」において理由を挙げて信用できないとしたものです(24頁参照)。とすれば「週刊現代」の批判記事において梅澤氏が真っ先になすべきは、私が挙げた理由に反論し、エスワンの延命効果を示すことでした。それに成功してから、エスワン臨床試験結果を引いて、「80人」「70人」と語ることが許されるはずで、それが論争作法というものです。
 梅澤氏が、
 「しっかり経過を見て、副作用が出ない程度に最低量だけ使う。そうやって薬の種類と量をこまめに調整すれば、8割以上のがんはコントロールできます」(「週刊現代」)と語るのも意味不明。
 なぜかというと第一に、抗がん剤の種類と量の合理的な調整方法は、どういう専門家にとっても未知だからです。あるいは氏の個人的経験によるのでしょうか。しかし、漢方のような、個々の医者の単なる経験主義から脱却しようというのが、現代医学の出発点であったはずです。
 第二には、「がんがコントロールできる」というけれども、「コントロール」の意味が分からない。「腫瘤の縮小」より、もっと曖昧模糊としています。そして標準量でも一~二割で腫瘤が縮小したら上々という抗がん剤の実力に鑑みると、それより少ない「最低量」で八割がコントロールできるという氏の発言は、途方もない大言壮語としか聞こえない。ーーでも患者や家族は、こういう甘言に弱いのでしょうね。ころりと騙される。
 結局梅澤氏は、「抗がん剤の効果は、その程度の差でしかない」と、謙遜というか、アンチ抗がん剤のようなふりをしながら、抗がん剤治療を推進している。彼のもっともらしい言い方は、患者・家族が「その程度の差」はあるように受け取ってしまう点で、社会に垂れ流す害悪が大きいのです。
 そして梅澤氏の方法でも毒性がある。たとえ「最低量」の使用でも、抗がん剤に毒性があることは変らない。毒の特性として、使えば使うほど、体内に毒性が蓄積し、増大します。ただ、患者が体感する副作用は弱いでしょう。しかし副作用が弱いという、まさにそのことが患者・家族を安心させ、抗がん剤の長期使用に走らせ、水面下で毒性が著しく増大する結果を招きがちなのです。「最低量」使用には、通常量の使用に比べ、毒性が最大化する危険があると知るべきです。
 「がん休眠療法」等と銘打った、抗がん剤少量・長期投与法にも、梅澤氏の方法と同じ問題点があります。患者・家族は注意してください。
(85~87ページ)

相当にきつい批判だ。梅澤医師がどのように再反論するだろうか。近藤氏は統計的なエビデンスに基づいた議論をしているのだが、梅澤医師は現在の標準的抗がん剤治療は患者の個性を無視した画一的なエビデンス至上主義だと批判し、患者個人毎のテーラー・メイド抗がん剤治療を行なっているのだと言っているのであるから、議論がかみ合うはずがない。個人毎に抗がん剤の投与量を変えるだから統計的な処理になじまない。梅澤医師でなくても、患者の体調が悪ければ抗がん剤の投与量を減らしている医師はいるが、量や回数を変更すればエビデンスが無くなるではないか。「個々の医者の単なる経験主義から脱却しようというのが、現代医学の出発点であった」のは確かだが、いまではその弱点が明らかになり、がん治療においてテーラー・メイド治療が叫ばれていることは近藤氏も知っているはずではないか。

統計的に生存期間にわずかの違いしかない場合でも、ではこの私という個人にとってはどうなのか、これは近藤氏も言うように「分からない」。例えば下の図のような生存率曲線の抗がん剤があったとして(近藤氏の本から借りてきた)、支持療法だけなら10ヶ月の生存期間だった患者が、抗がん剤を投与すると横に平衡移動して12ヶ月の生存期間になるわけではない(Aの矢印)。全員が平行移動すると考えると、予想に反して長生きしたり短命の患者がいることの説明がつかない。もちろん、一人の患者が両方の治療法をやることは不可能だから本当のところは分からない。しかし、近藤氏の言うように、抗がん剤で命を縮めている患者がいるのなら、抗がん剤で命を伸ばしている患者がいなければつじつまが合わないはずである。だから、本当に自分の寿命が延びたのかどうかを実感することはできないけれども、Cの矢印のように”本来なら”11ヶ月の余命のはずが20ヶ月生存している患者がいる一方で、Bの矢印のように”本来なら”10ヶ月の余命のはずが、抗がん剤の毒性で6ヶ月に寿命を縮めた患者がいるはずである。損得勘定を合計すれば、無治療と差がないことになるのだろう。

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問題は、抗がん剤をやってみるまでは分からない、効果があっても実感できない、ということである。寿命を延ばした例と縮めた例が合計され、無治療とたいした違いがなくなるのだと、近藤氏も書いている。そして、我々がん患者には自分がCになるのか、Bになるのかを知るすべがない。

近藤氏の説明はほぼ正しいと思う。しかし、(すべての抗がん剤や手術を拒否するなら役立つが)患者の意志決定には使えない。すい臓がんの私が、近藤氏の言うように手術を拒否していたら、いま生きているとは思えない。がん遺伝子によって患者の寿命が決まっているという論理は、決定論的思考である。各要素は決定論的に振る舞うが、それらが多数集まって、相互に関連している複雑系においては、将来の予測は不可能なのであり、がんも生命も複雑系である。

EBMの道具箱 第2版 (EBMライブラリー)梅澤医師は、町工場の職人のように、永年の勘と経験で対処しようとしているのである。これは近藤氏の言うように「エビデンスを無視した医療」ではない。近藤氏こそ「P値」の呪縛に捕らわれているのではなかろうか。(P値:統計的有意差を表わす指標)標準偏差の3倍までは許容範囲として、その中で患者にとって何が必要であるかを考えるのが医療であろう。医療は科学ではなく、技術あるいは芸術に近い。蒲田の町工場の職人は、指先で1/1000ミリを判断するという。そこにはトレーサビリティのあるマイクロメータがあっても役にはたたない。最先端の技術を支えているのは職人の経験と勘である。梅澤医師も手探りでCの矢印を探しているのに違いない。医療においては、相手が人間という複雑系だからそうならざるを得ないのである。

穆如清風(おだやかなることきよきかぜのごとし)―複雑系と医療の原点 結局は、これまでのエビデンスを承知した上で、副作用と、もしかしたら少しは長生きできるのではないかという幸運を天秤にかけて、その人の人生観・価値観にしたがって決めるほかないのである。診療に関わる決断をするときに、「目の前の患者にどの程度役立つものか?、患者の価値観や目的に合うものか? 費用対効果はどうか?」がEBMにおいても重要だと『EBMの道具箱』にも書かれている。

中田力氏がこんなことを言っている。

医療における不確定性は、複雑系のもたらす予想不可能な行動に由来し、実際にやってみないと結論が出せないことで満ちている。そして、やってみた結果が予想と反することなど日常茶飯事である。

それでも、現実的には、病に悩む人々に複雑系の理論を説いて納得を促すことは無理である。現場の臨床医は神に尋ねることも許されず、医学にすべてを委ねるわけにもいかず、不確定さを理解した上で、患者の選択すべき道を決定論的に示さなければならない。もっとも適切な選択は経験則だけが教えてくれる。しかし、それが必ず良い結果を生むとは限らない。だからこそ医療は、医師と患者との間に、ある種の盲目的な信頼関係がなければ成り立たないのである。

医師は神であってはならない。しかし、同時に、単なる人間であってもその責務は果たせないのである。(中田力『穆如清風-複雑系と医療の原点』より)

がん細胞の遺伝子がすべてを決めているから何をしてもむだだというような、決定論的・線形思考を、私は採用しない。しかし、再発・転移しても抗がん剤を使用するつもりはない。戸塚洋二氏のように、皮膚も身体もぼろぼろになるまで抗がん剤をやる勇気が、私にはないだけである。低用量抗がん剤治療はオプションとして残しておくが、無治療を選択するつもりではいる。だから結果的に近藤氏の推奨する方法を選択することにはなるだろうが、それは私の価値観から導かれる結論であって、「がんもどき理論」を信用しているからではない。今の私の関心事は、複雑系としての自分の身体に対して、がんを再発・転移をさせないために力を注ぐことである。

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2011年5月20日 (金)

放射能には無知だとさらけだした国立がん研究センター

国立がん研究センターのホームページのトップで「今回の震災による放射性物質による発がんについて」と題して

  1. 現時点の放射性物質による健康被害については、チェルノブイリ事故等のこれまでのエビデンスから、原子炉において作業を行っている方々を除けば、ほとんど問題がないといえる。
  2. 現在、暫定的に定められている飲食物の摂取制限の指標については、十分すぎるほど安全といえるレベルである。
  3. 放射性物質に汚染されたと考えられる飲食物については、放射性物質の半減期を考えれば、保存の方法を工夫すれば、十分に利用が可能である。
  4. 放射線量については、定点でかつ定期的に測定し、放射性物質の種類(ヨウ素-131、セシウム-134等)を、定期的に発表を行うことで、国民の方々が安全であることを理解し、安心が得られると考えられる。

などと書いている。1.のチェルノブイリ事故などのこれまでのエビデンスから混淆被害についてはほとんど問題がない、と断言しているが、いったいどのデータを元にして言っているのか。飯舘村などの汚染がチェルノブイリ以上であることは、文部科学省とDOEによる航空機モニタリングの測定結果を見ても明らかであり、多くの研究者も指摘している通りである。根拠のない流言飛語の典型とも言える文章である。

その点は今回は措いておき、3と4に関連して同じページで築地周辺で購入した葉野菜も安全であると宣言している。これが本当か検討してみる。

Wshot00232
セシウム137の点状の放射線源Aがあったとき、ある距離Lでの線量率Dは次の式で計算することができる。
Wshot200250_2
ここでΓ:1cm線量当量率定数は、放射性物質によって決まる定数であり、セシウム137では0.0927である。(ただし、放射平衡にある子孫核種の影響も含む)データはこちら

Wshot00234_2 どのように測定したのかは書かれていないが、シンチレーション式のサーべーメータを使って購入したそのままの野菜を測定してものと思われる。使用したものはIdentiFINDER-Ultra-K-NGHだそうだから、スペックはこちらで見ることができる。

そこで仮に、この小松菜に政府の暫定規制値である500Bq/kgのセシウム137が含まれており、それが野菜の一点に集中しているものと仮定する。ただし、写真の小松菜はどう見ても1kgもありそうにはない。せいぜい100gではないかと思われるので、1/10の50Bqが含まれていると仮定する。また測定器までの距離は2cmであるとする。(測定器の形状から見て野菜表面からセンサー部中央までの距離は2cm以上はありそうである)すると、

Wshot00235_2となる。このサーべーメータの線量率の検出限界が0.01μSv/hであると書かれている。したがって暫定規制値となるセシウム137を含んでいても、検出できるかどうかというぎりぎりである。しかも、放射性物質が”一点に集中している”と仮定してでさえこの程度の線量率なのであり、実際には小松菜の全体に分散して汚染しているはずである。もちろんその時には距離も2㎝ではなく、もっと大きくなる。少なくとも一桁は小さい値になるだろう。つまり実際に500Bq/kgの汚染があっても、このような簡易型のサーべーメータで検出することはまったく不可能なのである。

Wshot00233 さらに言えば、バックグラウンド(自然放射線)が0.04μSv/hと固定して書かれているが、東京都のモニタリングポストの過去平常値は0.028~0.079μSv/hの範囲で変動している。バックグラウンドは数分で2倍以上も変動するのものであり、0.04としてあるのは平均値のことかもしれない。だとすると、0.02~0.04程度の変動はあたりまえにありうるのであるから、運良くセシウム137の放射線と測定できたとしても、バックグラウンドの雑音範囲(変動範囲)内に埋もれてしまうのである。

この測定によって言えることは、小松菜の放射能は測定限界以下でした。あるいはバックグラウンドの変動範囲内であった、ということであり、暫定規制値を超えているかどうかはこの測定方法では判断できません、というだけのことです。彼らは自分のやっていることが理解できていないのである。

暫定規制値以上の汚染されていても測定できない計器を使って、さも汚染がないかのように公表している。医療放射線の専門家であるには違いないが、放射能に関してはずぶの素人であることを、図らずも露呈している。測定器と測定対象に関して”無知”である。それをさも専門家であるかのごとく堂々とトップページに載せているのだから、その鉄面皮ぶりには見ているこちらの方が赤面してしまいそうだ。

なぜ、測定不可能な機器を使ってまで測定をし、「安全を宣伝」する必要があるのだろうか。がんセンターは厚生労働省の官僚とは昵懇の間柄だろうし、官庁の意向をくみ取っているのか、イレッサの裁判でもおきたように官庁からの働きかけでもあったとしか考えられない。(あったんだろうな、たぶん)

国立がん研究センターと言うからには、国民ががんに罹患して苦しむことを何としても防ぐような行動をするものだと、私は思い込んでいたのであるが、私の思い違いのようだ。福島の原発震災後、この間の嘉山理事長をはじめとする国がんのふるまいを見ていると、将来のがん患者が増えることが自らの仕事と生活を保障するとでも期待しているのではないか。飯の種が増えれば良いのか、そんな勘ぐりまでしてしまうのである。

老婆心ながら、国立がん研究センターには、己の無知を曝しているのだから撤去した方が良い、と申し上げる次第である。

放射線専門家と称する人たちの「根拠のない安全=流言飛語」には十分に気をつけてください。

ついでに書けば、朝日新聞の5月15日付朝刊5面によると、

東京都の土壌で放射性セシウムの濃度が1㌔あたり3千ベクレルを超え、東京電力福島第一原発により近い茨城県より高い地点があることが近畿大の山崎秀夫教授(環境解析学)の調査でわかった。

山崎教授らは、4月10~20日に採取した東京都の4地点を含む首都圏の土壌試料を分析した。
東京都江東区亀戸で1㌔あたり3201ベクレル、千代田区の二重橋横で同1904ベクレルだった。原発から約55㌔の 福島市南部(同市光が丘)の土壌は3月19日時点で同2万7650ベクレル。都内より福島に近い茨城県神栖市は同455ベクレル、 ほぼ同距離の埼玉県朝霞市は484ベクレルだった。放射性ヨウ素も同様の傾向だった。

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きちんとした測定器を使えば、がん研究センターのある築地だって汚染されていることが明白になるのですよ。

【追記】ホームページからは消えたが、リスクに無知な一般公衆にリスクの意味を教えて差し上げるのだと、PDFではまだ残っている。嘉山理事長の名前だ。

2011年5月17日 (火)

近藤誠氏の中川恵一批判は不十分だ

膵臓がんのブログのはずなのに、このとろこ福島原発のことばかりを書いている。私は今、がん患者である。どういうわけか生き残っている。もちろんこの先どうなるかは誰にも分からないし、統計的に言えば再発・転移の確率がまだ50%ほどはある。しかし、現在生き残っている者の務めとして、福島原発の事故によってたくさんの、本来ならがんとは無縁であったかもしれない人たちに、がん患者にはなって欲しくないと思う。特に放射線に感受性の高い若い人たち、子供、幼児は、なんとかリスクを減らして欲しいと願っている。そのような気持ちで福島原発に関係した内容を書いてきた。しかし、政府やマスコミ、御用学者(この言葉が東京新聞でおおっぴらに出てきたことは一種の驚きであった)たちが、あたかも放射線によるがん発症は無視できるかのような説明をしていることに、非常な怒りを覚えている。

Wshot00231_2 近藤誠氏が文藝春秋6月号で「放射線被曝 どの数値なら逃げるか」と題して、中川恵一東大医学部放射線科准教授らの「御用学者」を批判している。近藤氏の批判は(ICRPモデルを前提とするかぎりでは)概ね正しいのだが、弱点もある。

中川氏は「原爆の被害を受けた広島・長崎のデータなどから100mSv以下では、人体への悪影響がないことは分かっています」と述べているが、これに対して近藤氏が「近年、低線量被ばくのデータが充実してきた。原爆被爆者調査を継続したところ、10~50mSv領域でも直線比例関係があることが示唆されたのです。」と反論している。その通りだと思う。この点をさらに言えば、原爆被爆者の疫学調査においては対照群の選択に人為的な誤魔化しがある。

隠された被曝 こういうことだ。ABCC(原爆障害調査委員会)などによる疫学調査において、爆心地から半径3kmの外で被曝した方と入市被爆者は被爆者とは認められていなかった。また、この調査は1950年から始まったが、それ以前に死亡した方は無視されている。そして、がんの発症率の調査において、この3km以遠の被爆者を、”被爆者ではない”として対照群に入れて調査した。これでは発がん率が過小評価になるのはあたりまえである。広島・長崎の被爆者のデータがICRPの大きな根拠になっているのであるが、更に言えば、ICRPは内部被ばくをほとんど無視している。原爆投下後に襲った枕崎台風(1945年9月17日)によって放射性降下物が大雨でほとんど流されていたのであり、その後の測定では残留放射能を過小評価している。ICRPモデルを批判した書籍としては矢ヶ崎克馬氏の『隠された被曝』しか見当たらないが、ICRPモデルの欠点を詳しく解説している。<「内部被ばくについての考察」PDFファイル>

福島原発の事故後の政府や御用学者の説明は、現行法令が依拠しているICRP勧告すらも無視しているのであり、その点を追求することは重要である。校庭の20mSv問題をとっても、現行法令に違反するようなことを政府が行なっているのであり、少なくともICRPの精神で対応するように求めることは必要である。しかし、この20mSvのことを考えてみても、この数字には内部被ばくは無視されているのである。

ICRPでも一応は内部被ばくを評価するシステムにはなっている。しかし、それは放射線のエネルギーだけに注目した単純なモデルである。この半世紀の間に新たに発見された放射線の分子生物学的な成果はまったく反映されていない。放射線による影響を吸収エネルギーだけで評価できないというのが、近年の分子生物学の到達点である。例えばバイスタンダー効果やペトカウ効果、ゲノム不安定性、バイノミナル効果などがあるとされている。

吸収エネルギーに放射線加重係数をかけて線量当量(被ばく量)を計算することになっているが、飛程の短い、つまり狭い範囲内の細胞に集中的にエネルギーを与えるベータ線もガンマ線と同じ1という係数が与えられている。素人が考えてもこれはおかしいだろうとなる。また、臓器の一部の細胞にベータ線が照射されても、臓器全体の重さで平均して内部被ばくを求めるのである。したがって効果が<薄められる>。ここでも内部被ばくが非常に過小評価されている。

近藤誠氏も、ICRPモデルの範囲内でしか考えられないから、「医療被ばくに比べれば福島原発による被ばくは問題ではない」ということになる。内部被ばくのない(PETなどでは内部被ばくがあるが、生物学的半減期が極端に短く、重要臓器に残留しないものを使っている)医療放射線にしか接していない中川恵一や近藤氏に、内部被ばくの危険性を考慮しろというのが無理なのかもしれない。彼らに限らず、医療用放射線の専門家を自称するのなら、せめてゴフマンの『人間と放射線―医療用X線から原発まで』には目を通して欲しいものだ。

2011年5月16日 (月)

QLifeに、がん特化のサイトがオープン

日本最大級の病院検索サイト、医薬品検索サイト、医療情報サイトを運営する総合医療メディア会社の株式会社QLifeに、がん(癌)に特化したサイト「QLifeがん」が誕生しました。

NPO法人キャンサーネットジャパンのセミナー動画300本が第一弾として登録され、部位別・テーマ別で検索できるようになっています。さらに、2009年と2010年と連続して行った大規模調査(回収合計は約15,000人)の結果詳報などを掲載するほか、がんに関する最新トピックスを随時アップデートしていくとのこと。

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「すい臓がん」のタグで検索したら、動画の一覧が出てくる。
http://www.qlife.jp/cancer/tag/すい臓がん

▼中心コンテンツ紹介
◎『がんがわかる映像集』
1.検索自在
--部位から(乳がん、胃がん、前立腺がん、肺がん、大腸がん・・・)
--テーマから(分子標的薬、ドラッグラグ、副作用、医療費、サバイバーシップ・・・)
--セミナー種類から(市民公開講座、パネルディスカッション、Q&A・・・)
2.統計データや模式図など貴重な文献資料も閲覧可能
3. セミナーごとにわかりやすい紹介文あり

◎大規模調査の結果
1.『がんの悩み、患者本人/家族/近親者/未経験者の比較調査』(2010年9月発表、回収数8,218)
2.『がん情報の入手・利用に関する実態調査』(2011年6月発表予定、回収数6,560)

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2011年5月14日 (土)

関東の全域が放射線管理区域になる

足柄の新茶の生葉がセシウムで汚染されていると書いたが、今日は、3月下旬に採取された東京都の下水の汚泥から放射性物質が検出されたと報じられた。

東京都江東区の下水処理施設「東部スラッジプラント」で3月下旬に採取された汚泥焼却灰から、1キロ当たり17万ベクレルの高濃度の放射性物質が検出されたことが13日、分かった。焼却灰は既にセメントなど建設資材に再利用されたという。

都下水道局によると、同時期に大田区と板橋区の下水処理施設2カ所でも、汚泥焼却灰から10万~14万ベクレルの放射性物質が検出された。物質が放射性セシウムかどうか特定を進めている。

都内23区全域が汚染されているとみてまちがいない。ベータ線しか計測していないので核種は特定できないようだが、ベータ崩壊するセシウムと考えてまちがいないと思われる。

文部科学省のWSPEEDI(世界版SPEEDI)による広域汚染マップがやっと公開された。ヨウ素131のシミュレーションだけであり、セシウムについては公表されていない。
こちらの、福島第1原子力発電所(特定条件 WSPEEDI)[平成23年3月25日(金曜日)]のPDF文書では、5月12日になって、3月25日までのものを公表するとはW-SLOWLYであるが、何はともあれこの3ページ目を見て欲しい。ヨウ素131の3月25日までの表面沈着量の積算値である。

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茨城・千葉・栃木・東京・神奈川も緑色の10万Bq/m2~100万Bq/m2に入っている。「この予測は実際の放射線量を表わしているものではありません」と断わりが書かれているが、同じ文部科学省の「環境防災Nネット」の「WSPEEDIについて」では、

WSPEEDIは、これまでのSPEEDIの予測機能の強化に加え、国外で原子力事故が発生した場合の放射性物質による日本への影響を評価する機能や、放出源情報が不明な場合に国内のモニタリングデータから放出源や放出量を推定する機能を有しています。

すでにWSPEEDIは、様々な拡散実験などのデータによって検証されており、旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団)の火災爆発事故(1997年3月)やJCOウラン加工工場臨界事故(1999年9月)の解析で実績を上げています。

SPEEDI-MPは、さまざまな環境問題に対応できる新しい環境中物質循環予測システムであり、2000年8月28日に起きた関東地方での異臭騒ぎでは、三宅島の火山性ガスの拡散プロセスをシミュレーション計算により解明しました。
そのほか、世界で初めて害虫(イネウンカ類)のアジア地域長距離移動を高精度に予測するシステムの開発を行い、日本のどの地域にいつウンカが飛来するかの予測が可能となりました。

と、その高性能・高精度ぶりを宣伝しているのだから、今回のシミュレーションだけが信頼性がないとは考えられないので、ほぼ確かなデータとして解釈しても良いと思われる。

同じ資料の2ページ目を見ると、福島県本宮市や茨城県高萩市あたりまでヨウ素131による幼児甲状腺等価線量が50-100ミリシーベルトという凄まじいレベルの汚染エリア(オレンジ色)、福島県福島市や宮城・茨城・千葉の一部に20ミリシーベルト以上の超高濃度汚染エリア(黄色)が広がっていることが分かる。黄色の部分は、先に発表された航空機モニタリングの結果とほぼ重なっているようだ。さらに航空機モニタリングでは対象範囲外だった茨城県にも相当深く入ってきていることが分かる。

東電が1号機はメルトダウンを起こしていたと認めたが、2,3号機もメルトダウンを起こしていると思われる。そしてその時期は3月11日の地震直後か、15、16日であろうと思われる。この時期にSPEEDIの結果を公表して、妊婦や幼児に用素材を飲用させておくべきだったのだ。

文部科学省がこれまで公表してきたヨウ素131とセシウム137の沈着量の比は、東京都が13倍、神奈川が11倍と相当のばらつきがあるが、これを12倍として(セシウムがヨウ素の1/12ということ)この比を用いて図からセシウム137の沈着積算量を予測すると、東京・神奈川・静岡などに広がっている緑色のエリアでにおけるセシウム137の沈着量積算値は8.3~83kBq/m2となる。

5月11日の記事で

  1. 汚染地域:1Ci/km2=37kBq/m2 以上と定義
  2. 放射線管理が必要:1~5=37~185kBq/m2(下図のピンク)
  3. 希望者は移住が認められる:5~15:185~555kBq/m2(赤)
  4. 強制移住:15~40=555~1480kBq/m2(紫)
  5. 強制避難:40=1480kBq/m2 以上 (紫)

と紹介したが、このチェルノブイリでの規制を当てはめれば、これらのエリア、東京・神奈川は「放射線管理が必要な区域」となる可能性がある。日本の法令においても、「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」の第4条(管理区域に係る線量等)において、表面密度限度の10分の1以上の汚染のある区域を管理区域として設定しなくてはならない(別表第四による)。そしてセシウム137などのアルファ線を放出しない核種では、4Bq/cm2=40kBq/m2となる場所は放射線管理区域としなければならないのであり、東京・神奈川などの相当の範囲がそれに該当する可能性が高い。

つまり、新茶が汚染されたとか、汚泥から高濃度のセシウムが検出されたというのは、あたりまえであり、放射線管理区域とすべき中なのだから、本来ならばニュースになるようなことではないのである。

将来相当数の甲状腺がんを持った子供が出てくるに違いない。脅かすのではないが、ECRR(放射線リスク欧州委員会)の科学委員長クリス・バスビー 教授が、福島原発事故に放射性降下物汚染地域で予測されるがん発症率を計算している。

それによると、福島第一原発から100km地域の人口330万人の中で、今後10年間で事故前よりも66%のがん発症率の増加が予測される。これは2012年から2021年の間に福島原発による曝露で103,329件の余分ながんが発症することを意味する。福島原発から200kmと100kmの間のドーナツ地帯の人口780万人に、100km以内より低い放射能量で”トンデル”法を適用すると、2021年までに120,894件の余分ながんが発症することになる。住民がそこに住み続け避難しないと仮定するなら、”トンデル”法によるがん発症件数の合計は10年間で224,223件となる。

これはICRPモデルで計算した6200人のがん発症とは比較できないほどの大きい数字である。なぜICRPとこんなにも違うのか?いわゆるメディアに出てくる専門家は、ICRPモデルのがん発症率を示して「心配するほどではない」というのだが、それは本当に信頼できるのか。そのことに関しては次回あたりに書く(予定)。

2011年5月12日 (木)

新茶から放射性セシウムが検出されたから、私はお茶を飲む

神奈川県の足柄茶からセシウムが検出されたと報道されている。新茶は今月に入ってから出荷が始まっており、私も静岡県牧ノ原の深蒸し茶を購入して、先日から飲み始めたばかりだ。初摘み茶と八十八夜のお茶の二種類で、どちらの香りも味にも満足している。

南足柄の茶 規制値超え セシウム 神奈川の農産物で初
                                             2011年5月12日 東京新聞朝刊

 神奈川県南足柄市で収穫した新茶の生葉から、食品衛生法上の暫定規制値を上回る放射性セシウムが検出されたとして、県は十一日、市と出荷元のJAかながわ西湘に出荷の自粛を要請した。県内の農産物で暫定規制値を超える放射性物質を検出したのは初めて。
 県によると、九日に採取した茶葉を二回検査。それぞれ一キログラム当たり五五〇ベクレルと、五七〇ベクレル(暫定規制値同五〇〇ベクレル)の放射性セシウムを検出した。
 県は「ただちに健康被害が出るレベルではない」としている。福島第一原発事故の影響とみているが、今後、専門家に調査を依頼する。
 加工業者の県農協茶業センター(山北町)によると、二・六トン余が製品化され、六日から出荷開始。半数近くが店頭に並んでおり、回収を進める。
 県内で生産される茶葉はすべて一緒に加工し、直売所などで「足柄茶」のブランドで販売されており、県内産の緑茶を一斉に出荷停止にする。同市以外の産地の生葉も早急に検査する。

また、静岡県の茶葉とタマネギからもセシウムが検出されたと報道。

茶葉などから通常を上回る放射性物質 静岡
                                               2011.5.11 18:42 共同通信

 静岡県は11日、御前崎市で採取した茶葉とタマネギ、浜岡原発周辺海域のシラスから、過去の変動幅を上回る放射性物質を検出したと発表した。福島第1原発からの放射性物質の影響と考えられ、県はいずれも「健康への影響を心配するレベルではない」としている。
 御前崎市の茶葉1キロからは、通常はほとんど検出されないセシウム134が41・3ベクレル、セシウム137が41・6ベクレル、ヨウ素131が1・51ベクレル検出された。国は茶葉について放射性物質の暫定基準値を定めていないため、野菜類の基準値を準用して「問題ない」と判断した。
 しかし県は「茶葉をそのまま食用にすることはほとんどない」として、茶葉を湯に入れて抽出した飲用茶で追加調査を実施。菊川市内と磐田市内で採取した茶葉を使った飲用茶で検査したところ、いずれも微量の放射性ヨウ素と放射性セシウムを検出した。県は、飲料水の暫定基準値と比較しても「安心して摂取できるレベル」としている。
 しかし、茶葉は本県の特産品であり輸出品でもあることから、県は今月中にも県東部と中部で採取した茶葉で追加調査を行い、放射性物質の検出状況を確認する。

しかし、過去のデータを調べてみると、東京都、神奈川県、静岡県の小松菜でヨウ素131とセシウムが既に検出されている。東京都では3月23日に暫定規制値を超える放射性セシウムが小松菜から検出されている。国内暫定規制値を超えていなくても、EU乳児食品基準や米国の輸入基準値を超えているものもある。国内の食物にEU乳児食品基準を当てはめれば、相当数の食品が乳幼児には食べさせられない数字になっていると思われる。(全国の食品の放射能調査データより)

1.東京都小松菜 ( 野菜類 ) の放射能調査の統計  

放射性物質 最大検出値 国内基準値 EU乳児食品基準 米国輸入基準
放射性ヨウ素
(半減期8日)
1700 Bq/Kg
(3/23 東京都江戸川区)
2000 Bq/Kg
基準値内(0.8)
100 Bq/Kg※2
基準超過(17.0)
170 Bq/Kg※3
基準超過(10.0)
放射性セシウム
(半減期2~30年)
890 Bq/Kg
(3/23 東京都江戸川区)
500 Bq/Kg
基準超過(1.8)
200 Bq/Kg※2
基準超過(4.5)
1200 Bq/Kg※3
基準値内(0.7)

2.神奈川県小松菜 ( 野菜類 ) の放射能調査の統計  

放射性物質 最大検出値 国内基準値 EU乳児食品基準 米国輸入基準
放射性ヨウ素
(半減期8日)
540 Bq/Kg
(3/23 神奈川県茅ヶ崎市)
2000 Bq/Kg
基準値内(0.3)
100 Bq/Kg※2
基準超過(5.4)
170 Bq/Kg※3
基準超過(3.2)
放射性セシウム
(半減期2~30年)
117 Bq/Kg
(3/23 神奈川県茅ヶ崎市)
500 Bq/Kg
基準値内(0.2)
200 Bq/Kg※2
基準値内(0.6)
1200 Bq/Kg※3
基準値内(0.1)

3.静岡県小松菜 ( 野菜類 ) の放射能調査の統計  

放射性物質 最大検出値 国内基準値 EU乳児食品基準 米国輸入基準
放射性ヨウ素
(半減期8日)
32.4 Bq/Kg
(4/1 静岡県県東)
2000 Bq/Kg
基準値内(0.0)
100 Bq/Kg※2
基準値内(0.3)
170 Bq/Kg※3
基準値内(0.2)
放射性セシウム
(半減期2~30年)
11.74 Bq/Kg
(4/1 静岡県県東)
500 Bq/Kg
基準値内(0.0)
200 Bq/Kg※2
基準値内(0.1)
1200 Bq/Kg※3
基準値内(0.0)

昨日のブログに書いた通り、関東の広範囲な区域が既にチェルノブイリ並みかそれ以上の放射能汚染区域になっているのである。お茶だけではなくこれからつぎつぎといろいろな食物から検出されるにちがいない。ヨウ素131の半減期は8日であるので、事故から二ヶ月経って1/200に減衰しているので、福島で大規模なベントがなければ、今後は検出されることは考えられない。しかしセシウム137の半減期が30年であるから、食物が土壌から取り入れて濃縮されていくことが考えられる。現状で日本での測定は、放射性セシウム(134と137の合計)とヨウ素131が対象であり、ストロンチウ90やプルトニウム239は測定対象となっていないが、当然放射性降下物として含まれているはずである。

国内の暫定規制値は高すぎる。例えば今回の事故直後の3月20日に、ドイツ放射線防護協会が「日本における放射線リスク最小化のための提言 」を出している。この中で”成人でも”1kgあたり8Bq以上のセシウム137を含む飲食物を摂取しないように推奨している。乳児、子供、青少年に対しては1kgあたり4Bq以上のセシウム137を含む飲食物を摂取しないようにとしている。

通常、2 年間の燃焼期間の後、長期間残存する放射性物質の燃料棒内の割合は、セシウム137:セシウム 134:ストロンチウム90:プルトニウム 239=100:25:75:0.5である。

今回の日本のケースに関する以下の計算では、(これまでに得られたデータにより、)セシウム 137:セシウム 134:ストロンチウム 90:プルトニウム 239 の割合は、100:100:50:0.5としている。
したがって、2001 年版ドイツ放射線防護令の付属文書Ⅶ表 1 にもとづく平均的な摂取比率として、1kg につき同量それぞれ 100Bq のセシウム 137(Cs-137)とセシウム 134(Cs-134)、およびそれぞれ 50Bq のストロンチウム 90(Sr-90)と 0.5Bq のプルトニウム 239(Pu-239)に汚染された飲食物を摂取した場合、以下のような年間実効線量となる。

乳児(1歳未満):実効線量6mSv/年
幼児(1~2歳未満):実効線量2.8mSv/年
子ども(2~7歳未満):実効線量2.6mSv/年
子ども(7~12歳未満):実効線量3.6mSv/年
青少年(12~17歳未満):実効線量5.3mSv/年
成人(17歳以上):実効線量3.9mSv/年

評価の根拠に不確実性があるため、乳児、子ども、青少年に対しては、1kg あたり 4Bq 以上の基準核種セシウム 137 を含む飲食物を与えないよう推奨されるべきである。成人は、1kg あたり 8Bq 以上の基準核種セシウム 137 を含む飲食物を摂取しないことが推奨される。

国際放射線防護委員会(ICRP)は、そのような被ばくを年間 0.3mSv 受けた場合、後年、10万人につき 1~2 人が毎年がんで死亡すると算出している。しかし、広島と長崎のデータを独自に解析した結果によれば(*15)、その 10 倍以上、すなわち 0.3mSv の被ばくを受けた 10 万人のうち、およそ 15 人毎年がんで死亡する可能性がある。被ばくの程度が高いほど、それに応じてがんによる死亡率は高くなる。

この提言では、セシウムが検出されたならば、ストロンチウムもプルトニウムも存在しているはずだとしている。当然のことである。日本では測定していない(ストロンチウムとプロトニウムの測定は難しい)というだけの話なのだ。

深蒸し茶に豊富に含まれるカテキンの抗がん作用を期待しているのだが、飲めば飲むほど内部被ばくをすることになる。がんをやっつけるつもりが、がんを育てることになりかねない。

内部被ばくは怖い。しかし、私はこれまで通りに深蒸し茶を飲み続ける。汚染食物は茶葉だけではないからだ。すべての食物が、野菜も米も魚も汚染されることを覚悟しなければならなくなるだろう。空気と土壌と水が汚染されているのである。放射能を含んでいない安全な食べ物などあり得ない。私たちは原発の恩恵を受ける代償として、今日のリスクを引き受けたのである。いまさらがんのリスクから逃れようというのは虫が良すぎる。原発はギャンブルだったのである。万馬券ならぬ「想定外」の事故を引き当てたのである。ジタバタするのはみっともない。ギャンブラーらしく、潔く放射能の驚異をかみしめるべきだ。

放射能で汚染された食物を避けることは、農民・漁民の生活を破壊することになる。経済が成り立たない。だから、私たちは放射能汚染食物を食べるべきだと思う。しかし、乳幼児、子供には食べさせたくない。リスクが大きすぎるし、彼らには原発を容認した責任はないからだ。我々大人は放射能を食べて、原発を存続させるべきかどうか、あらためて考え直してみることだ。

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2011年5月11日 (水)

あたりまえだが、チェルノブイリを超えている

漁業の再開は?

日曜日のNHK総合テレビで「漁場を返せ~原発事故に苦しむ福島県相馬市~」を放送していた。津波で100隻近くの漁船が流され、壊滅状態となった福島県相馬市の松川浦漁港。1人の船主さんが、「9月のカレイ漁までに解決していなければ怒るよ」と、破損した船を直し、流された網を拾い集めていた。しかし、漁業の方には申し訳ないが、9月のカレイ漁の再開はほとんど絶望的だろう。

「4月1日に捕れたコウナゴからは1キログラム当たり4080ベクレルの放射性ヨウ素が、4日採取分からは1キロ当たり526ベクレルの放射性セシウムがそれぞれ検出された。」また1ヶ月後の5月2日には、「福島県いわき市で水揚げしたコウナゴから、暫定基準値(1キロ当たり500ベクレル)を超える、2900ベクレルの放射性セシウムを検出した。同県はこのほかヒラメなどの魚も調べたが、基準値を超える値は検出されなかった。」と報道された。

海の汚染は、今は小魚が体内に放射性物質を貯めている段階である。植物性プランクトン→動物性プランクトン→小型魚→大型魚と、食物連鎖の階段を登る過程で放射能が濃縮されていく。海底も高濃度に汚染されていることが明らかになった。福島第一原発から北15キロの地点で、土砂1キロ当たり、最大でセシウム137が1400ベクレル、セシウム134も300ベクレルが検出され、いずれも通常の1000倍以上に達した。ヨウ素131も、通常の100倍以上の190ベクレルが検出された。 海の底でコウナゴを食い、海底の土砂の上で育っているカレイやヒラメは、今放射能の濃縮の最中である。チェルノブイリの例では魚での放射能量は半年から1年の頃がピークだったというから、福島での9月のヒラメ漁の解禁の時期はそのピークになるだろう。私もエンガワの鮨は食べたいし、再開できることを願っているが、ヒラメ漁の再開は絶望的ではないだろうか。

これからの水産物の放射能に対する考え方は、勝川俊夫さんのサイトが詳しく書かれていて参考になる。特に子供のいる家庭は読んでおくべきだと思う。

水産物の放射能汚染から身を守るために、消費者が知っておくべきこと
日本の魚を【比較的】安全に食べるための私案

汚染はチェルノブイリを超えている!

文部科学省と米国エネルギー省による航空機モニタリングの結果が公表された。この数字が正しければ(一瞬私は間違いではないかと思った)、既にチェルノブイリの汚染レベルを超えている。もっとも、京大原子炉実験所の今中助教らが、3月28、29日に飯舘村周辺の空間線量率と土壌の放射性物質蓄積量を測定していて、そのデータをみればチェルノブイリ以上であることは明白であった。今更、という感じがするが、文科省とDOEが共同でチェルノブイリ以上であることを認めたということだ。

Wshot200246

今中助教らの計測地点:曲田でのセシウム134、136,137の合計値は4207kBq/m2であり、今回発表された図の別紙2で赤いエリア(3000kBq/m2以上)に該当する。ちなみに、チェルノブイリでは最大でも3800kBq/m2であった。曲田ではその最大値以上である。

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各国のチェルノブイリ被災者救済法に基づくと、汚染地域とはセシウム 137の土壌汚染が 1キュリー/km2以上のところと定義され、そのレベルによって次のように区分される。(単位をキュリーからベクレルに換算した)

  1. 汚染地域:1Ci/km2=37kBq/m2 以上と定義
  2. 放射線管理が必要:1~5=37~185kBq/m2(下図のピンク)
  3. 希望者は移住が認められる:5~15:185~555kBq/m2(赤)
  4. 強制移住:15~40=555~1480kBq/m2(紫)
  5. 強制避難:40=1480kBq/m2 以上 (紫)

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チェルノブイリの場合は、爆発により放射性物質が上空2000m程度まで達したと言われているが、福島原発の場合はそれほど高くまで放出されたのではないだろう。そのために汚染面積はチェルノブイリよりも狭いが、風向きによって狭い範囲に集中的に汚染が広がったと思われる。チェルノブイリの1/10の放射能が放出されたという保安院・東電の発表など、汚染の程度の目安になりはしない。

1/10という放出量も、空気中に出されたものだけであり、膨大な海への放出や雨水に流されたもの、地下水に漏れていったものは含まれていない。ヒラメ漁を期待している漁師さんには気の毒だが、海に大量に放出されたから陸上はこの程度で済んでいるのである。これらを計算に入れれば、現時点でも放出は続いているのだし、今後も大量のベントや予期せぬ爆発的事象があるかもしれないことを考えたら、チェルノブイリ以上になることも十分にあり得る。

土壌汚染だけをみても既にチェルノブイリを超えている。チェルノブイリでは、1480kBq/m2以上は「強制避難」、555万~1480kBq/m2は「強制移住」であった。航空機モニタリングの結果で、赤と黄色、緑の地域がほぼそれに該当する。このエリアには伊達市や福島市の一部も含まれており、60km以上離れた場所でもホットスポット的に汚染の高い場所が存在する。

文部科学省の放射線障害防止法の関連規則である「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」においては、10Bq/gを超えて汚染されているものは「放射性物質」として扱うと定められている。(セシウム135の場合。セシウム137では1000Bq/g。別表第一、第三欄)セシウム137を例に取れば、総量が10000Bqを超えたものも同様に放射性物質となる(別表第一、第二欄)。校庭の土砂を集めればこの規定を超えることは当然であり、文部科学大臣が移動を禁じたのである。放射性物質だからと移動を禁じておいて、子供は20mSvまで被ばくをがまんしろ、と言うのが文部科学省の言っていることである。自分たちの決めた法律に住民は従えと言いながら、自分たちは無視をしている、法令に違反しているのである。

放射性物質は、勝手に移動することも「所持」することもできないのである。放射性物質を所持するためには、文部科学省から「放射線施設」としての許可を受ける必要であり、放射線取扱主任者の選任や管理区域の設定が必要である。福島県全体の土壌は、「放射性物質」として取り扱う基準に達していると思われる。

このブログでは、事故の初期の頃から100km以内は避難した方が良いと書いてきた。今回の発表をみれば、政府もずっと以前に概要は掴んでいたはずである。少なくとも妊婦と子供はヨウ素131が多かった時期に避難させるべきであった。しかし、子供だけ避難させることは家庭の崩壊に繋がるし、親が付いていけば仕事を失う。今の場所にずっと居続ければ将来大変な影響が出てくることはまちがいない。どうすればよいのか、私には解決法がない。子供だけではない。漁業、農業、酪農もすべて解決法のない難しい事態に直面している。制御できない「龍」を飼ってはいけなかったのだとは言っても、現実問題としてどうすべきか。経済的に裕福な人間はさっさと避難していくだろう。そしてたぶんそうした人たちの多くが原発を積極的に推進してきた立場だったのではなかろうか。弱いものが真っ先に犠牲になるのが、安全よりも効率を優先する”新自由主義”の行き着く先である。

今回の事故で、”いわゆる”専門家やエリートと言われる人たちの無能さ加減がよく分かった。本当はバカだったんだ。知識もあり、専門用語を駆使して語る言葉は、時間が経てば中身のないことが明らかになってくる。虚構を重ねているだけの言質には何の重みもない。「王様は裸だ」と言った子供の素朴な感性こそが、真実をひとつかみにすることができるのではなかろうか。「絶対安全」は絶対にあり得ない。人間は必ずミスをする。起きる可能性のあることは必ず起きる。こんなあたりまえの思考が必要だった。この子供の感性を邪魔するのは「欲」である。金や地位が欲しい。快適な生活がしたい。楽をしておいしいものを食いたい。「欲あれば万事窮す」は、今回の事故においても言える。

2011年5月10日 (火)

チェルノブイリは終わっていない

「海外癌医療情報リファレンス」に、NCI Cancer Bulletin2011年5月03日号としてチェルノブイリ原子力災害25周年に際して研究者に聴くという記事が載っている。福島第一のレベル7はチェルノブイリよりも被害が小さいと信じさせたがっている官邸や一部の医療関係者への反論にもなっているようだ。

◇◆◇ 研究者に聴く ◇◆◇
チェルノブイリ原子力災害25周年に際して、モーリーン・ハッチ医師と馬淵清彦医師は語る

●健康への影響という点で、チェルノブイリ原発事故から学んだ教訓とはなんでしょうか?

ハッチ氏:チェルノブイリ原発からの主な放射性降下物は放射性ヨウ素131(I-131)です。事故前には、放射性同位元素が甲状腺に集積する可能性は低く、また癌を生じる可能性はないと考えられていました。 ウクライナ、ベラルーシで被曝した若者を対象に[2年ごとに甲状腺癌検診を行った]NCI支援のコホート研究で、小児期または思春期にI-131に被曝すると甲状腺癌が増加するという確固たる根拠が示されました。このことは他所で発表された原発事故後の症例報告や生態学研究に基づいた観測と一致します。

ウクライナにおける大幅な甲状腺癌発症リスクの増加は 暴露後数十年たっても高いままでした。 また別の調査では、チェルノブイリ原発事故当時、子宮内でI -131被曝を受けた2600人近くを調べたところ、放射線に関連する甲状腺癌リスクが高いことがわかりました。(これからも甲状腺がんになる子供が増加する

馬淵氏: 放射能の研究において重要な問題の1つは、慢性的に被曝を受けることによる癌リスクが急激な被曝によるリスクより低いかどうかです。ウクライナでの原発除染作業に携わった男性11万人以上を対象としたNCIの研究では、放射線関連の白血病リスクは日本の原爆被爆者が受けた急性被曝によるリスクに匹敵することが明らかになりました。(急性被ばくに匹敵するということ!

白血病全体のリスク増加に加え、放射能被曝は白血病の一種である慢性リンパ性白血病に影響を与えることがわかりました。チェルノブイリ事故前には、この疾患と放射能被曝との関連性は知られていませんでした。(放射線による影響は、まだ分からないことがたくさんある!

●チェルノブイリ事故による健康への影響について、今なお疑問は残りますか?

馬淵氏:疑問が残るのは、チェルノブイリ事故当時、若い年齢で被曝した人の甲状腺癌発症リスクがどのくらいの期間続くのか、そしてどのくらいの割合で発症するのかということです。 被曝による上乗せリスクがいつまで続くのか知るためには1つ以上の手段を用いて引き続き観察が続けられなければなりません。 また、胎児や若年成人が被曝した場合の甲状腺癌リスクはいまだ不明です。(発がんリスクも、それがどれくらいの期間継続するかもいまだ不明!「チェルノブイリは終わっていない」

ウクライナとロシアの原発除染作業者についての他所の研究では、固形腫瘍のリスクの増加が報告されています。 しかし、報告された増加は必ずしも事故による放射線被曝との関連性が十分ではありません。
また、白内障、心血管疾患、および精神疾患など、がん以外の疾患の増加の報告もありました。(疫学調査で放射線の影響を確定することは、長い時間をかけても困難である。だからといって、影響がないという"専門家"の考えはまちがっている

●現在の日本の福島第一原子炉の状況に適用できることとは?

ハッチ氏: 大事故から学ぶ重要な教訓のひとつは、健康被害の性質や発症率を評価するためには慎重に計画された疫学調査が必要だということです。可及的速やかに被曝者を明確に定義し、被曝量や被害を正確に評価することに尽力しなければなりません。
症例確認と同様に線量測定と被害実態の再現は厳格かつ標準化して行われるべきです。

甲状腺が放射性ヨウ素を吸収するのを最小限に抑え、甲状腺がんを防ぐ対策を即ちに実施する必要があることも、われわれが得たもう一つの教訓です。

2011年5月 7日 (土)

細かなことと小さなこと

するべきことよりも、したいことをする。自分の声に耳を傾ける。がんになってからは、そんなつもりでやってきたのだが、最近はどうも”するべきこと”に振り回されているような、そんな気がしたので、連休中はニュースも見ない(福島原発が気にはなったが)、ブログも書かない(ついコメントにレスを書いてしまったが)、インターネットに接続しない、でのんびり過ごした。ハードディスクに蓄えた音楽を流しっぱなしでぼんやりと時間を過ごしていた。指先の皮が少し厚くなるほどチェロを弾いていた。もちろん深蒸し茶を何杯も飲みながら。

がんはスピリチュアルな病気 ―がん患者と愛する家族のための心と体の処方箋― 以前にマクファーランドの『がんはスピリチュアルな病気 ―がん患者と愛する家族のための心と体の処方箋―』を紹介したが、内容についてはまだ書いていなかった。気に入った章を一日一章読むのがよい。こんな題名の章がある。「不満屋になる練習をする」「わが身の悲惨なありさまを喜ぶ」「自分に耳を傾ける」「今を生きる」「準備をしない」「スコアをつけない」どれもこのブログで書いてきたことと通じているような気がする。

私のするべきタスクは効率的に管理されている。ToDoリストはRemember the Milkでばっちりだし、インターネットで気になる情報はEvernoteにすべて保存してある。蔵書と読みたい本はmediamarkerにすべて保存されている。誰からも催促されることのないように、効率的に、完璧に時間を使っている。しかし、気がついてみると人生の時間をそのために費やしている。せかせかした、おかしくなった世の中に合わせてきたつもりが、いつの間にか人生の時間を乗っ取られている。

「小さなことにくよくよしない」と題して、本の中でマクファーランドはこんな風に言う。イエスが死んだ娘の手を取って「少女よ、起きなさい」と言われた。すると少女が起き上がったので、家中の人々は狂喜乱舞した。少女のことはそっちのけだった。見かねたイエスが、「ほら、少女がお腹を空かせている頃だ。何か食べ物を持ってきなさい。一切れの魚などが良いだろう」と言われた。世界を救うことを使命としているイエスが、どうしてそんな細部にまで心を配ることができたのだろう。一切れの魚は、細かなことだ。しかし、少女にとってもイエスにとっても小さなことではなかった

細かなことに注意を払えば、誰かのお腹が満たされる。小さなことは、世界中の愛の蓄えを食いつぶす。

自分には解決のしようのないことは”小さいこと”だ。解決法がないのなら、それは”問題ではない”のだ。解決法のないことをいつまでも考えているのなら、それは小さいことにくよくよしている証拠だ。

福島原発の核燃料が再び爆発しないか、と心配することは、だから小さなことだ。しかし、節電をし、エネルギーを湯水のように使う生活を見直すべきだと考えること、そうすれば原発は要らないのではないかと検討してみることは、細かいことである。私のがんが再発しないだろうかと寝ても覚めても考えているとしたら、それは小さいことである。がんに効く食事を摂り、規則正しい生活をし、良く歩き、深蒸し茶でも飲んでリラックスしてみることは細かなことである。

相変わらずToDoリストにチェックは入れているが、最近は「延期」を頻繁にするようになった。”明日できることは今日はしない”というのも、周りに大きな迷惑をかけなければ良い選択肢だと思う。そんな調子だから、ブログにコメントをいただいても、その気にならなければレスはしないので、気を悪くしないでいただきたい。コメントへのレスが小さなことか、細かなことかの判断は、これもその日の気分次第である。

小さなことにくよくよせずに、細かなことに気配りができるようになったとしたら、それはがんからの贈り物だ。

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2011年5月 4日 (水)

低線量リスクに関するいくつかの追加

連休中は、新聞を読まない、ニュースを見ない、ネットサーフィンをしないというつもりで過ごしています。情報が多すぎる世の中、今回の震災でなおさら雑多な情報があふれているので、溺れてしまいそうです。インプットを減らして音楽を聴いたりチェロを存分に弾く時間を持てました。

明日まではこの調子で過ごすつもりでしたが、藤田さんという方からコメントをいただき、それに対してmasafumiさんからレスがされています。遅ればせながら少しはお応えすべきかと思って、連休中の自分への約束を中断して書いてみます。

ただし、お断わりしておきますが、「このブログについて」でも書いている通り、私はコメントに返信する義務があるとは考えておりません。がんサバイバーになるために考えたことや感じたことを書くためのブログであり、掲示板のように意見をやりとりする場ではないと考えているからです。

コメントにはなるべく返信をするように心がけますが、すべてに返信するとお約束はできません。深刻な相談や疑問には、文章を考えるだけでも相当の負担になるので、申し訳ないですが返信しないことが多いと思います。たかだか数百文字で書かれたコメントから行間を読んで、その方の現状を推測して適切な回答をするなどという芸当は、私にはできそうもありません。ご理解していただければ幸いです。

したがって、藤田さんが放射線の影響に関してコメントに書かれたようなお考えをお持ちであることは了解しましたが、私としては「承りました」と言うだけです。「 貴殿のブログを拝見し、放射線の影響を理路整然と記述されているので」と書かれている割には、私のブログの内容はあまり読んでいないようにも見受けられます。低線量でのリスクに関しては、BEIR VII報告などを過去の記事で紹介している通りです。「ここが間違っているよと指摘があれば、具体的なデータをもってご指摘くだされば幸いです」とのコメントですが、申し訳ないですが、私にはそのような時間も義理もございません。ご容赦願います。ネットで検索すればたくさんヒットすると思います。masafumiさんのレスがほぼ私の考えに近いです。

以下は、藤田さんのコメントへの回答ではなく、低線量被ばくの影響に関して、追加的に記述したものです。

  1. ICRPは「しきい値仮説」を否定している。
    「生体防御機構は、低線量においてさえ、完全には効果的でないようなので、線量反応関係にしきい値を生じることはありそうにない」(ICRP 1990年勧告 日本アイソトープ協会発行 62ページ)
  2. 晩発的影響による発がん効果だけが注目されているが、放射線による影響には、加齢、白内障、中枢神経の異常、免疫系の抗炎症タンパク質の減少など、多岐にわたっている。発がんリスクはその一部にすぎない。
  3. Img 広島・長崎の原爆被爆者データでは、低線量になるにしたがって、単位線量あたりの危険度が高くなる傾向を示している。右図(馬淵晴彦「疫学に基づくリスク評価の立場から」『保健物理』第32巻第1号)
  4. 近年の研究により、バイスタンダー効果といわれる現象が注目されている。重イオンマイクロビーム放射線によって数個の細胞にだけ放射線を照射しても、その周囲の細胞が影響を受けることが発見されている。(被爆者でもある沢田昭二名古屋大名誉教授の論文
  5. ゲノム不安定性と呼ばれる継世代影響がマウス実験によって確認されている。広島・長崎の被爆者に遺伝的影響がないとされているが、単にサンプル数が少ないだけだという批判がある。
  6. 保健物理学の創設者と言っても良いカール・Z・モーガン氏は、『原子力開発の光と影―核開発者からの証言』の中で、1979年の裁判(シルクウッド裁判)における証言で次のように述べている。

原子力開発の光と影―核開発者からの証言 私は、科学者がすべての放射線は有害であるという直線仮説を後日受け入れるようになったいきさつを話した。ハラルソン(原告弁護団の1人)は、私自身も直線仮説に同意しているかどうかを聞いた。私は、「さらにもう一歩進んだ」そして、非常に低線量では高線量よりも一レムあたりの癌の発生が多くなるという、超直線仮説を支持する「よい証拠」を持っていると答えた。私は、低線量は高線量よりも癌の発生が多いといっているのではなく、一レムあたりの癌発生が高線量よりも低線量の方が多いということを言っているのである。(194~195ページ)

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