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2014年12月 3日 (水)

長生きするのは善なのか?

高倉健さんに続いて菅原文太さんが亡くなった。高倉健さんは83歳、菅原文太さんは81歳であった。そして、悪性リンパ腫と転移性肝がんという、二人ともがんでお亡くなりになった。妻の菅原文子さんのコメントがすばらしいですよね。文太さんを尊敬していたような夫婦愛が感じられます。

■妻・菅原文子さんのコメント(原文まま)
7年前に膀胱がんを発症して以来、以前の人生とは違う学びの時間を持ち「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」の心境で日々を過ごしてきたと察しております。「落花は枝に還らず」と申しますが、小さな種を蒔いて去りました。一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした。すでに祖霊の一人となった今も、生者とともにあって、これらを願い続けているだろうと思います。
恩義ある方々に、何の別れも告げずに旅立ちましたことを、ここにお詫び申し上げます。

で、ここからは話ががらりと変わって、この80代でがんで亡くなるとはどういう意味があるのか。日本は世界一の長寿国です。医療のおかげで長生きをするようになり、健康寿命もどんどん伸びています。しかし、百歳あたりが限界という現実は変わりません。下のグラフは、横軸が年齢で、縦軸が生存率です。60、70歳を過ぎる当たりから、急激に死ぬ人が増えてきます。下のグラフでいえば、傾きが急激になるのです。高倉健さんも菅原文太さんも、この急激に下降する箇所に属しています。

11_3

健康に過ごせばグラフの平坦な部分が右に移動しますが、右の端が決まっているかぎりはグラフの急降下がより一層激しくなるだけです。老年になると同年代がバタバタと亡くなっていく現象がより顕著になるだけです。

だとすれば、ぼけても寝たきりになってでも、長生きしたいというのと、美味しい物を食ってタバコもやめないで、5年10年早死にしてもいいから病院などには行かずに楽しく暮らしたい、という考えは等価ではなかろうか。

しかし世の中は、長生き指向、健康指向で、がんも早期発見早期治療が唯一「正しい」選択だという風潮が蔓延しすぎているのではないか。同じ重みで、何らかの自覚症状がでるまでは放っておき、がんが見つかってもQOL重視で、場合によっては治療をしないという選択もありではなかろうか。

スパコン「京」の開発予算の審議で、蓮舫さんは「2番ではダメなんですか?」と言ったが、世界一の長寿国になっても「1番でもダメ」なようで、まだ健康第一だとやっています。これじゃおかしくないですか?

ということを書いているのが名郷直樹医師の『「健康第一」は間違っている』なのです。タイトルだけをみると「医療否定本」のようですが、名郷医師は『EBM実践ワークブック』などの医師向けの著作もあり、EBMに基づく医療を先進的に行ってきた方です。

世の中が「健康第一」「長生き第一」「医療は万能」にぶれすぎているから、真逆の考えをあえて打ち出そうというのです。

二人に一人はがんになる時代で、分子標的薬などの高額な薬がどんどん開発されていった先には、医療財政の破綻は避けがたいでしょう。その薬を使ったとしても、強烈な副作用と引き替えに、わずかに余命が伸びるだけだとしたら、70、80歳なら、もう十分に生きたから治療はしない、そのお金は若い世代のために使ってくれ、というのも一つの選択だと思うのです。「譲る」という考えがあっても良い。40代前後のまだ子供を養育している世代が、安心して治療に専念し、治して社会復帰できるような施策のために医療資源を使った方が良いと思いませんか。

もちろん、何が何でも死ぬのは嫌だ、もっと生きたいというのも「等価」ですから選択は自由です。しかし、全員が100、120歳まで生きたらどんな世になるのか。医学が、遺伝子治療も進んで究極の「不死」を得たとしたら、それはおぞましいことです。まったく人が死ななくなると、この地球が養うことができる人口をはるかに超えてしまい、結局は全員が死んでしまう。人類は滅亡することになるでしょう。「死」を獲得することによって、ヒトという種は繁栄してこれたのです。

そこそこ生きたら良しとしなければ。いずれ死は避けがたいのです。死は避けるものではなく、やってきたならば受け入れるべきものなのです。

世の中の大きな流れを一度疑ってみるというのも大切なことです。今年は論文捏造事件で大騒ぎでしたが、捏造とまではいかなくても、営利企業である製薬会社がかかわっているかぎりは何らかのバイアスはあって当然です。抗がん剤の治療成績もそういう目で見た方が良い。

今年中にアブラキサン(nab-パクリタキセル)が膵臓がんの治療薬として承認されそうですが、実は普通のパクリタキセルとアブラキサンの比較した試験は、日本でも海外でもありません。パクリタキセルなら遙かに廉価であり、たぶん治療成績もそんなに変わらない。ただ使い勝手が悪いというだけです(試験をしていないから断定できないが)。実際に比較して同じ治療成績だったら製薬企業としては非常に困るわけです。だから試験をするという考えは起きません。

と、こういう視点も持っておくべきだということで・・・。

私は百まで生きて癌で死にたいと考えているけど、妻も子も孫も死んで、自分だけ生きているというのは、たとえ健康だとしても幸せなことだろうか、これはこれでおぞましいことかもしれません。


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