文化・芸術

2017年6月11日 (日)

モーツァルトを聴きながら

長田弘の詩集にこんな詩があった。

モーツァルトを聴きながら

住むと習慣は、おなじ言葉をもっている。
住む(inhabit)とは、
日々を過ごすこと。日々を過ごすとは
習慣(habit)を生きること。
目ざめて、窓を開ける。南の空を眺める。
空の色に一日の天候のさきゆきを見る。
真新しい朝のインクの匂いがしなくなってから、
新聞に真実の匂いがなくなった。真実とは
世界のぬきさしならない切実さのことだ。
朝はクレイジー・サラダをじぶんでつくる。
ぱりっと音のする新鮮な野菜をちぎって、
オリーブ・オイルを振る。そして、
削りおろしたチーズを細かくふりかける。
時間にしばられることはのぞまないが、
オートマティックの腕時計が好きだ。
正直だからだ。身体を動かさなければ、
時は停まってしまう。ひとの一日を
たしかにするものは、ささやかなものだ。
それは、たとえば、晴れた日の
正午の光の、明るい澄んだ静けさであり、
こころ渇く午後の、一杯のおいしい水であり、
日暮れて、ゆっくりと濃くなってゆく闇である。
ゆたかさは、過剰とはちがう。パソコンを
インターネットに繋ぎ、モーツァルトを
二十四時間響かせているイタリアのラジオに繋ぐ。
「闘いながら拒絶すること、これが現代の
私たちが求めていることではなかったろうか?」
吉田秀和の、懐かしい言葉が胸に浮かぶ。
音楽は、無にはじまって、無に終わる。
いま、ここ、という時の充溢だけをのこして。

そう、朝はやっぱりモーツァルトだよね。バッハもいいが、ときにはうるさい。長田弘と同じように、私もインターネットラジオのRADIO CLASIC MORZARTやCALM RADIO MORZARTをよく流している。

”忖度”が誰でも読める漢字になってから、新聞に真実がなくなった、とは同じ思いだ。安倍や菅の国会を馬鹿にした答弁や、国民を無視した記者会見に悶々としていたら、先日の東京新聞の女性記者の追求に喝采を送りたくなった。

豊かさは過剰とはちがう。朝の清冽な光とモーツァルト、渇いたこころを潤す一杯の水があればいい。欲があれば万事休す。もっと欲しいの煩悩を捨てれば、心地よく生きられる。

「闘いながら、拒絶する」は政治や生活にも言えようが、がんとの闘いもそうである。がんとの戦いだというので、なんでもかんでも、医者のいいなりに受け入れてはいないか? 生きるために闘い、ときには生きるために拒絶することもなくてはならない。

生きるってなんだ? いま、ここ、この時間を、じぶんらしさで満たすことだ。

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2017年4月13日 (木)

ペギー葉山さん死去

ペギー葉山さんが肺炎のために死去された。

ペギー葉山さんと言えば、私にとっては「南国土佐を後にして」です。高知から上京しての学生生活はアルバイトに明け暮れていたが、彼女の歌を聴いて励まされ踏ん張ったものでした。

      南国土佐を後にして 都へ来てから幾歳ぞ
  思い出します故郷の友が 門出に歌ったよさこい節を
  土佐の高知のはりまや橋で 坊さんかんざし買うを見た

      国のおやじが室戸の沖で 鯨釣ったと云う便り
      僕も負けずに励んだ後で  唄うよ土佐のよさこい節を
      云うたちいかんちゃ おらんくの池にゃ 
      潮吹く鯨が泳ぎよる  よさこいよさこい

原曲は、中国大陸中部に出兵した陸軍朝倉歩兵236連隊(鯨部隊)内で自然発生的に生まれ、歌われていた曲とされる。それを高知の作曲家、武政英策が採譜、整理、改編して歌謡曲とした。1958年にNHK高知放送局テレビ放送開始記念に歌った「南国土佐を後にして」がミリオンセラーになり、ペギー葉山の人生を変える曲となった。

ペギー葉山さんは、広島に疎開する予定の直前に原爆が落ち、祖父を亡くしています。この曲の原曲のこともあり、彼女にとっては「反戦歌」との思いで歌っていたと答えています。

武政英策は、いまや全国的に有名になったよさこい祭りの楽曲「よさこい鳴子踊り」の作詞作曲家でもある。「南国土佐を後にして」の後半部に「よさこい節」を歌いこんでいる。

「学生時代」も良い歌でした。

ご冥福をお祈りします。

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2016年9月14日 (水)

シン・ゴジラの進路

日経ビジネスの『「シン・ゴジラ」、私はこう読む』がおもしろい。

最近のもので、『地図で徹底図解! ゴジラは上陸後、こう進んだ』で蒲田付近に上陸後どのように進んだかを検証している。それによると、多摩川から呑川に入り、あやめ橋で上陸してそのまま東邦医大通りを北上。

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(我家は矢印付近)つまり、この通りに面している我家は確実に「破壊」されている。でもご安心ください、家族はみな無事ですから。(*^▽^*)

実は興味深いのは、映画を見ても気になっていたのだが、冒頭で、無人で漂流するプレジャーボートに海上保安庁の職員が乗り込んでいく。揃えて置かれた靴が残されており、テーブルの上には折鶴と詩集『春と修羅』が置かれているシーン。

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なぜ、宮澤賢治の『春と修羅』なんだと、ずっと思っていた。

『春と修羅』から見えてくるシン・ゴジラの核心

ではより興味深く記事にされている。

折り鶴は、これにゴジラの細胞内の化学反応、あるいは細胞のパスウェイらしきものが書かれていて、これがヒントとなってゴジラを止めることができたのだった。

『春と修羅』は何の暗示なのか。

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです

これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

賢治は「私(も含めて生命は)有機体のひとつの現象だという。命は「存在」するのではなく、有機体の「現象」だと。そういえばエンゲルスは「反デューリング論」の中で「生命とは蛋白体の存在様式である」と規定していた。

ゴジラは体内で、太陽と同じ核融合反応を体内で行い、そのエネルギーを使って活動をしているのだが、核反応利用の、ひとつの「現象」としてゴジラが生じたと見ることもできるのかなと。制御できない核反応の負の具現化がゴジラという「存在様式」であると言えないか。

また、生命=有機体の現象(タンパク質の存在様式)であり、ゴジラ=核反応の現象、との対比ができるかもしれない。

ゴジラが自衛隊やアメリカ空軍の爆撃を受けても何のダメージを受けないのは、ゴジラは「存在」ではなくて「現象」だからだ。折り鶴に記された反応式から核融合反応をストップさせ、ゴジラを止めることができた。ヒントは、折り鶴と『春と修羅』にあったわけだ。

さまざまな見方、考え方のできる映画ですね。

ま、私の勝手な解釈でした。

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2016年3月 3日 (木)

雛祭りにベートーヴェンを聴く

今日は雛祭り。五段くらいのひな人形もあるんだが、娘が小さいころは飾っていたが、最近は物置に入れっぱなしで出したことがない。なので、こんなおもちゃの雛飾りで間に合わせている。

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さっきまで、蒲田のアプリコでクラシックコンサートでした。『ふたつの5番』とのタイトルで、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」とピアノ協奏曲第5番「皇帝」。広上淳一指揮 日本フィルハーモニー管弦楽団、ピアノは梅田智也。 

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ベートーヴェンの“ふたつの5番”、ピアノ協奏曲「皇帝」と交響曲「運命」は、聴くたびに感銘を受ける作品であり、クラシックのコンサートが初めての人、いやクラシック自体を初めて聴く人でも感動し得る作品だ。その2曲を広上淳一指揮、日本フィルの演奏で体験できるのが、3月の大田区民ホール・アプリコの公演。これなら文句なしに万人が楽しめる。
 まずは「皇帝」と「運命」。中期“傑作の森”の真っ只中に書かれた両曲は、旋律や迫真の展開において、最も“ベートーヴェンらしい”音楽であり、特に生で聴けば確実に引き込まれる。演奏に熱がこもっていればさらにいい。その点で広上&日本フィルはうってつけだ。内外のポストを歴任し、近年京都市響の水準向上で評価も高い彼は、かねてより熱気と躍動感に富んだ演奏で、聴く者を魅了してきた。しかも最近はスケールの大きさや懐の深さを増している。かたや日本フィルは、常に全力投球の姿勢で長年ファンの支持を集め、こちらも近年は名匠ラザレフのもとで緻密さやパワーをアップさせている。加えて広上にとっては、1991年から2000年まで正指揮者を務めた旧知の間柄。しからば吸引力抜群の熱演は必至だ。
 ピアノ独奏の梅田智也も要注目。1991年生まれの彼は、2014年の東京音楽コンクールで第1位及び聴衆賞を受賞し、日本フィルとも数回共演している。特に「皇帝」は、同コンクールの本選でも弾いた演目であり、その時の生気漲る雄弁な演奏から、今回も大いに期待できる。
 本公演は、ビギナーにはぜひ、そして長年のクラシック・ファンにも改めてお勧めしたい。

入場料もリーズナブルだし、妻と娘を伴って3人で鑑賞した。

「運命」の第2楽章はチェロとビオラによる穏健な第1主題から始まる。第3楽章は、これもチョロとコントラバスによる分散和音のあと、すぐにホルンによる力強い「運命の主題」から休止符を取り去り3拍子に当てはめた形が続く。

「皇帝」のピアノ独奏、梅田智也はまだ二十歳代のはず。若手のホープ。これからが楽しみなピアニストだ。

アンコールはモーツアルトのラクリモーサでした。

終わって、居酒屋で竹鶴のダブルをおかわりしたので、正直、いま意識が朦朧としている。それでもブログを書くなんて律儀だよなぁ。今日はこれでアップしよう。後日訂正するかも。

家族で楽しい一日でした。こんな日のためにがんを克服して生きているんだよ。

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2015年8月24日 (月)

平和の俳句

今日はがん研で甲状腺の診察でした。前回の超音波検査の結果を受けて頭頸科の先生の診察です。

先生「超音波の結果からは良性(嚢胞)だと思われます。しかし、念のために細胞診をしておきましょうか」
私「嚢胞の中にあるしこりは、最悪の場合でも乳頭がんと考えて良いのでしょうか?濾胞がんや髄様がんの可能性は低いと?」
先生「ま、そういうことですね。それを確認するためにも細胞診をやりましょう」

ということで、来週に細胞診、再来週に最終結果ということになりました。


本日の東京新聞・中日新聞などに、私がはじめて詠んだ俳句が掲載されました。

東京新聞の「平和の俳句」は、金子兜太氏といとうせいこう氏が選者となって、1月1日から、一日一句を一面に載せています。これまで俳句を詠んだこともなさそうな読者がたくさん応募して、平和について感じたこと、想いを表しています。

私も一句応募してあったところ、2週間ほど前に東京新聞の編集局から電話があり、8月の「平和の俳句 戦後70年特集」の掲載句に選ばれたからと、インタビューを受けました。新聞の俳句欄には初めて投稿したのですが、選ばれたことは素直に嬉しいです。   

    享年弐拾壱歳 石ころ一つ 蟬時雨

Heiwanohaiku

墓地の移転をしたのは、術後1年経ったころでした。膵臓がんは再発したらあっという間ですから、元気なうちに墓地を移転しておかなければ、自分の骨が入った墓が遠くにあったのでは家族が困るだろうと。

かび臭い屍櫃(かろうと)の中には、父母の骨壺と先の太平洋戦争で戦死した叔父の骨壺がありました。骨壺の中に骨はなくて石ころだけ。戦死公報から書き写したのか、「昭和十九年十月没 享年弐拾壱歳」と書かれてありました。今でも骨はどこか南方の島に埋もれているのかもしれません。あるいは海のもずくとなってしまったのか。

私の父はインパール作戦の生き残りです。日本軍の戦死者の6割が餓死で亡くなっています。それ以外はマラリアなどの病気によるもので、実際の戦闘で亡くなった兵士は1割にも満たないのではないでしょうか。補給路を断たれた挙げ句の、軍指導部の無茶な作戦で犬死にしたのです。死ぬのはいつも貧乏人です。

戦時下になれば、がん患者や障害者は「役立たず」と非国民扱いになることは目に見えています。

平和でなければ、がん患者は満足な治療もできません。

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2015年2月26日 (木)

ひめゆりの丘

八神純子が昨年出した新アルバム「Here I am~Head to Toe~」を聴いている。彼女がきれいな高音で歌う「みずいろの雨」「ポーラー・スター」などは、若かりしころの私のお気に入りでした。

このアルバムのなかに「ひめゆりの丘」が収録されている。そして、2013年6月14日の東京新聞に『戦争を知らない私たち』と題したコラムを寄せている。

戦争を知らない私たち
                    八神純子

 昨年、沖縄県糸満市にある「ひめゆり平和祈念資料館」を訪れ、激しい地上戦のあった沖縄で看護要員として動員された元ひめゆり学徒の島袋淑子館長の話を聞いた。その夜、静かな海を見て波の音を聴いていて、心に浮かんだのが、新アルバム「Here I am」におさめた「ひめゆりの丘」のメロディだった。
 レコーディングの日。「今日は彼女たちのために歌います」とスタッフ全員に、ひめゆり学徒の写真集を見せた。でも何も言わない人がほとんど。どう反応してよいのか分からず、言葉が出なかったのかもしれない。
 スタジオの準備が整った。アレンジを手がけてくれたチェリストの溝口肇さんの指揮で、沖縄の海を表現したピアノが流れ、さとうきび畑に吹く風をストリングスが奏でた。私は目を閉じてひとつひとつの言葉を大切に歌った。
 私を含め、戦争を知らない世代がどんどん増えてゆく。島袋さんは「優しさは人間の一番大事なこと。優しさがあれば生きられる。嫌なことがあっても生きるんです。生きる勇気を大事にして下さい。戦争は絶対にダメです」と語ってくれた。
 戦争を知らない私たちだからこそ胸に刻み、語り継いでいかなくてはならないことがある―。「ひめゆりの丘」を歌っていくことで、ほんの少しでも島袋さんたちの想いをつないでいければと思っている。

サンフランシスコ在住の彼女が、シリコンバレーで開催した「東北支援チャリティコンサート 2014 @ シリコンバレー」でこの曲を歌っている。

「ひめゆりの丘」は25分ごろから。

日本では芸術家・芸能人が政治的発言をすることがますます難しくなっている。サザンの桑田のパフォーマンスに右翼が抗議したりである。桑田さん、なかなか政治的意識が高いです。ビートルズのアルバム「アビー・ロード」に政治風刺・社会風刺のきいた日本語詞を乗せて歌っている。

"Come together"が「公明党Brother」、"I know you, you know me"が「未曾有(みぞうゆう)、言うのみ」、"Science in the home"は「再燃す不審な法案」になっていたり、"He wear no shoeshine he got"を「飢えの普通社員、解雇った(きった)」などなど、感心して破顔一笑。

今年のアカデミー賞の授賞式では、受賞者のスピーチが話題になった。新聞には、「自殺未遂体験や男女の賃金格差、移民問題をめぐる発言が飛び出した。政治・社会的発言がタブー視されがちな日本の芸能界とは大遣いだ。」と書かれていた。

「6才のボクが、大人になるまで」で主人公の少年の母親役を演じて助演女優賞に輝いたパトリシア・アークエットさんは男女の賃金格差を話題に。「納税者となる子どもを産む女性の皆さんへ。今こそ、平等な賃金をもらうべき時です」と話すと、女優のメリル・ストリープさんやジェニファー・ロペスさんが「その通りだ」と声を上げた。

作品賞では、プレゼンターの俳優ショーン・ぺンさんが受賞作が書かれた紙を見ながら「だれがやつにグリーンカード(永住権)を出したんだ?」とひとくさり。そしてメキシコ出身のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の「パードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」と発表した。イニャリトゥさんは監督賞も同時受賞。前年の監督賞も同国出身のアルフォンソ・キュアロンさんだったことから、イニャリトゥさんは「来年から政府は移民を制限するかもしれない」と返して笑いを誘った。

映画は人気の落ちた熟年男優の復活劇。イニャリトウさんは、映画とは無関係にメキシコからの移民問題について話しだし「移民は古くからの住民と同じように、尊厳と尊敬をもって扱われるよう祈っている」とスピーチを締めた。

「博士と彼女のセオリー」で実在の物理学者で筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者でもあるスティーブン・ホーキング博士役を演じ、主演男優賞を受賞したエディ・レッドメインさんは「賞はALSと闘っている皆さんのものだ」。

物議を醸したのは、司会者のニール・パトリック・ハリスさんが冒頭で「ハリウッドでホワイテスト(最も白い)、いやブライテスト(最も輝いている)な人たちをたたえます」との発言。今回、候補となった俳優全員が白人だったことを揶揄した。

それに対抗した訳でもないが、公民権運動の指導者で凶弾に倒れたキング牧師を描いた「セルマ」の主題歌「グローリー」が歌曲賞を受賞し、それを歌った二人の黒人ジョン・レジエンドさんとコモンさんは公民権運動をたたえた上で、フランスでの「表現の自由」の戦いや香港の民主化運動についても言及。そうした活動への支持を表明した。

ハリウッドには「戦後のマッカーシズム(赤狩り)でひどい目にあった映画人もいたし、政治的な立場をしっかりとする伝統がある」と解説者が述べている。
日本にも菅原文太、宝田明など勇気ある発言をしている方がいる。おかしなことに対しては「おかしいね」と自分の信念を発信することだ。それが民主主義の基本である。

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2013年7月20日 (土)

出張が終わって一息

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先週、今週と出張が続いた。この暑さの中で久しぶりの現場作業、とはいっても屋内ではあるが、デスクワークに慣れた身体には応える。今日は自宅でゆったりとした時間を味わっている。爽やかな風を窓から入れて、椅子からだらしなく足を伸ばし、アルビノーニのオーボエ協奏曲に身を委ねている。ハインツ・ホリガーの名演奏に体も心も共鳴している。

イーハトーヴ交響曲 冨田勲の『イーハトーヴ交響曲』も聴いた。演奏会の様子が、NHKでも何度か再放送されたが、ヴァーチャル・シンガーの初音ミクがソリストとして登場することで話題になった。指揮が大友直人、日本フィルとの共演である。

冨田さんも少年時代に宮沢賢治の作品に触れて、言葉のインスピレーションに影響を受けてきたといっている。私も小学生時代に学校で「映画鑑賞会」があり、街の映画館で『風の又三郎』を観た記憶が、「どっどど どどうど」という歌とともに鮮明に残っている。1940年の日活作品だというから、1948年生まれの私が観たのは相当経ってからということになる。

「あかいめだまの さそり」で始まる「星めぐりの歌」は賢治の作詞作曲で、映画『あなたへ』でも高倉健演じる主人公の妻、田中優子が歌っていた。アンタレスはさそり座の1.0等の赤い星。さそり座の心臓に位置するのだが、賢治はこれを「めだま」としている。夏のこの時期は南の地平線近くに見ることができる。銀河鉄道は、天の川の東側を白鳥の停車場(はくちょう座)から南下して、サザンクロス(南十字星)までの運行である。ジョバンニたちは、天の川を挟んで反対側にさそり座のアンタレスを見ることになる。

明日は日本のこれからを左右する参議院選挙の日だ。自民党の憲法草案が現実になれば、平和と自由が脅かされる。「棄権」は「危険」です。

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2012年3月26日 (月)

樋口強さんの「いのちの落語独演会」参加募集始まる

毎年恒例の樋口強さんの「いのちの落語独演会」は今年は9月16日に開かれます。

昨年は東日本大震災の後でもあり、当日はデモに参加するために講演会をキャンセルしました。今年は是非樋口さんの落語を楽しみたいと思います。

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2012年「第12回 いのちに感謝の独演会」

お待たせしました。2012年の参加申込要領を下記にご案内します。

3年生存率5%のがんと出会って16年。「笑いは最高の抗がん剤」が信条の樋口強が一年に一度だけ開催するいのちの落語独演会です。

同じつらさや苦しさを知った仲間だからこそ笑えることがたくさんあります。
今年も「いのちの落語」で思いっきり笑って希望と勇気をお持ち帰りください。
毎年早い時期に満席になります。早めにお申込ください。

●日時:2012年 9月16日(日) 午後1時~ (約3時間)
●場所:東京・深川江戸資料館小劇場
●参加対象:がんの方とそのご家族に限定(各枠毎に先着順)
●木戸:ご招待 (事前申込が必要)

■申込要領:以下を書いて封書またはeメールでお申込ください。(全項目必須)
各枠毎に先着順で「通行証」をお送りします。

①参加希望者全員の名前とがんとの関わり(合計2枚まで)
(対象はがんの人とその家族に限定)
②代表者の〒・住所・名前・TEL(通行証送付先)
③近況・メッセージ ④「私が楽しくなれる今年のイチオシ」
(④は樋口強の次著作に匿名で引用させていただくことがあります。)

上記各項目をすべて書いて下記方法でお申込ください。

申し込みはこちらから。早くしないとすぐに「満席」になりますよ。

2010年10月15日 (金)

膵臓がん患者 鉛筆で細密に表現、市民楽団指揮者が個展

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コミュニティ新聞サイトの記事なので、一般には目につかないかもしれないと思い、 アップします。

鉛筆で細密に表現、市民楽団指揮者が個展/開成

  樹木や人物をテーマにした鉛筆画展が14日、開成町金井島のあしがり郷瀬戸屋敷で 始まった。秦野市民交響楽団指揮者の玉置清明さん(58)が濃さや太さの異なる20種類の鉛筆を使って細密に描き上げた。

    玉置さんは県立高校の音楽教師だった15年ほど前、趣味で鉛筆画を始めた。何度も何度も、なぞるように鉛筆の色を重ねることで力強い表現が生まれる。「水彩画や油絵より細かく丁寧に描ける。白黒だが色がない分、見る者の想像力をかきたてる」と語る。

  題材は樹木と人物が多い。特に樹木は「長い時間をかけてできた幹の表面のでこぼこが魅力」といい、県内を中心に神奈川100選に入るような名木から竹林の中にある無名のものまで題材を求めて各地を歩いてきた。
(玉置さんと80号の大作「精霊の樹」=開成町金井島の瀬戸屋敷)

  現地で描き上げるのが信条だ。横浜市神奈川区の神奈川大横浜キャンパスのヤマモモを描いた80号の大作「精霊の樹」に取り組んだ際には20回も通った。 「通算で百数十時間は木の前にいた。鉛筆と紙だけで安上がりなはずの鉛筆画だけど、交通費はとても掛かっている」と笑う。

 今回の個展には再出発という思いも込めた。手術は成功したものの膵臓(すいぞう)がんを患うなどし、昨年3月に音楽教師を退職した。体力も回復し、再び絵筆を執ることができるようになったからだ。

 24日まで。入場無料。問い合わせは、瀬戸屋敷
電話0465(84)0050。


金井島の瀬戸屋敷は大井松田インターからすぐのようです。行ってみようかな。

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2009年1月27日 (火)

インターネット落語&アホウ実行中

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            『宇宙に繋がる』
私の細胞の一つひとつが、この宇宙とリズムを取り、エネルギーを交換し、身体の中の悪いものすべてを吸収してくれます。


笑いという心の作用、あるいは脳の働きが、免疫機能を高めてガンの治癒に有効だということはカズンズの「笑いの治癒力」を初めとして多くの書物に書かれている。

かといって、会社や自宅ではなかなか大笑いをするということも難しい。だいたいが笑いたくなる材料が乏しい。最近のテレビのお笑い番組なんかを観ていても、どうして出演者があんなにゲラゲラと笑うことができるのか、不思議に思うだけである。下品な笑いとは何か?を知りたければテレビのお笑い番組を見ればよい。

落語なんかは良さそうだが、新宿の末廣亭にいったのは、学生時分で、今の妻と交際していた頃だから、もう30年以上も行っていないことになるなぁ。一時は落ち込んだ落語人気だが、このところまた復活してきたようです。

おいそれと寄席に足を運べないのなら、社団法人 落語協会のホームページで「インターネット落語会」を観ることができます。1月の下席は、「通信簿」 三遊亭 天どん、 「権助魚」 三遊亭 歌太郎、 「極道のバイト達」 三遊亭 丈二の3人。前座は「天どん」さんですか、師匠は罪な名前を付けるものですね。真打ちの三遊亭 丈二の「極道のバイト達」には、久しぶりに大いに笑わせていただきました。

おかげで、今日は免疫力が5%アップしたかなぁ?

まだ笑い足りないという方は、次のYouTube画像をご覧ください。麻生さんの国会答弁を聞いているだけで笑えますが、これは絶対におすすめですよ! 抱腹絶倒、リンパ球が大量に増えることを請合います。

「兵庫のおじさん 未曾有うの危機!」

 

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